その3 – がんばれ!助産師さん。

夜のとばりも更け、満天の星空に世界が包まれるころ、彼女たちの活躍は始まっています。痛みに苦しむ妊婦さんは、もう幾度彼女たちに励まされ、助けられたでしょう。彼女たち――助産師たちも懸命に妊婦さんを支えています。助産師こそ、産科病棟、産婦人科医院にとって妊婦さんから、産婦人科医師から最も頼りになるパートナーです。彼女たちの真剣なまなざし、笑顔はどんな産科病棟でも見かけてほっとする存在です。産婦人科医師の私から見てもまさに片腕ともいえます。

ところが、そんな彼女たちの笑顔に少しづつ元気が乏しくなっています。ここ数年の間、じわりじわりと彼女たちは追い詰められているように思えます。なぜ、と聞かれても一言では言い表せません。おそらく彼女たちにとり様々な望ましくない思惑が近づいていることを感じているのでしょう。なにが助産師たちを悩ませているのか。私は助産師ではないので、はっきりしたことは言えません。しかし、産婦人科医師の眼から見た、おおよそのことは見当が付きます。産婦人科医師は助産師の仕事(業務内容)についてめったなことでは発言しません。そのような文章を見たことも今までほとんどありません。サイレントネイビーを気取ってますがそこは一種のタブーなのです。なぜでしょう。そこらへんに彼女たちにとっての厄介の種がありそうです。この後、少しづつ考えてゆきたいと思います。少しでも彼女たちの笑顔が取り戻せたら、、、今の私の最も願ってやまない気持ちです。

助産師のお仕事

助産師の仕事は、と聞かれて普通の人は赤ちゃんを取り上げることでしょう、と答えます。大正解です。と、同時に大間違いでもあります。え!と思われる方がほとんどです。日本助産師会の公式ホームページでも、助産師の職務を次のように説明しています。
「助産師は、自然な妊娠・出産の経過や、母乳育児を大切にし、専門的な知識に基づいて、母子やそのご家庭の方々のニーズに即した、安全で快適なケアを提供しています。」また、別の項目でも説明しています。「「助産師」とは、厚生大臣(厚生労働大臣)の免許を受けて、助産又はじょく婦若しくは新生児の保健指導をなすことを業とする女子、をいいます。」
最初の文章は大変わかりやすく、美しい内容です。しかも内容に字句の間違はありません。ですが、正確ではありません。教条的文章の典型です。どこが不正確なのでしょう。ここからは産婦人科医師が説明する内容なので、多少わかりにくく、美しくありませんが、そこはご勘弁を。順を追って説明しましょう。

医師、助産師、看護師の仕事の違い早見表

医師

助産師

看護師

正常分娩

扱う

扱う

扱えない

異常分娩

扱う

扱えない

扱えない

内診

する

する

する
(平成19年4月より正式に可能)

会陰裂傷、切開の縫合

する

しない

しない

帝王切開手術などの手術業務

する

しない

する

婦人科の仕事

する

しない

する

① 助産師は赤ちゃんを取り上げます。分娩の介助といいます。ところが、助産師が取り上げてよいお産は異常のないお産に限られます。つまり、助産師さんの扱うお産は正常分娩に限られます。正常でないお産は異常分娩といって、助産師さんは扱ってはいけません。それは誰が扱うのか、産婦人科医師です。助産師さんの仕事は「正常分娩のみ、お産を扱いますが、異常分娩は扱いません。」と、表現するのが第一の正解です。

② 「異常分娩」を助産師が扱わないのであれば、助産師が「正常分娩」だけを選んで、残りを産婦人科医師にゆっくり依頼して仕事を分担すればよいのでしょう。普通はそう考えます。ところがそうは問屋がおろしません。これもいくつか理由があります。まず、正常分娩か、異常分娩か、つまりお産がつつがなく進んでいるのか、このまま放っておいてよいのか、を区別することは大変難しいことが多いのです。正常か、異常か、を区別、判別、診断することは大変な労力と、実行力、産科学的知識、臨床経験等が必要です。残念ながらこれらは医師の仕事、職務です。助産師にそれは求められてはいません。これはすなわちお産に関する最終責任は必ず医師が負う根拠となっています。その異常は往々にしてひそやかに、突然やってきます。今まで元気だった赤ちゃんが急に元気がなくなった、胎児仮死になった、産後のお母さんの出血が止まらない、血圧が下がった、おかしな時期に破水してしまった、など、忙しいお産の現場では本当に日常茶飯事です。明け方なのにあの時帝王切開手術に切り替えて本当によかったなー、と後で考えるお産をいくつも思い出します。正常分娩なのにこれを異常とすることは許されません。ましてや医師が異常分娩を見逃してしまったら、大変な代償を求められます。そもそもお産を正常、異常に完全に区別し、職務内容をそれに応じて区別することはできません。結果はいつも「正常」を求められているのですから。わかりますか。お産を正常、異常に無理に区別することは転がるコインの表、裏を無理に二人で分け合うようなものです。どちらか直ぐに倒れてしまいます。さらに自然分娩か、否かというあやしい言葉でわけることは逆に悪意ある差別です。自然分娩でないお産は不自然なお産ということになりかねません。産科学的に正常か、異常かのちがいです。私の病院で生まれてくる赤ちゃんはみな「自然」ですし、お産はみな「安産」です。もう一度、復習します。助産師さんの仕事は医師が「正常」と診断した、まったく異常のない分娩のみ扱います、異常分娩は扱えません、とするのが第二の正解です。自然か否かはもちろん無関係です。

③ 結果的に「正常分娩」だった場合、ようやく助産師は単独で出産を扱うことができるのでしょうか。細かな異常を除き、最大の難関は「会陰裂傷」が控えていることです。二人目以降のお産(経産といいます)の場合、うまくすると会陰部に傷ができません。大雑把に言うと赤ちゃんが会陰部から出てきて、胎盤が出て、お産はおしまいです。赤ちゃんが元気で、お母さんの出血が少なければお産の山場はおしまいです。医学的に細かいことを言えばきりがないので省略します。ところが、うまく行かないと、この経産婦でもかなりの会陰裂傷が発生します。初めてのお産(初産)の場合、よっぽどうまくいっても大なり小なりこの「会陰裂傷」が生じてしまいます。会陰部に2~3 cmの縦の傷が生じます。傷なので出血するし、第一痛いと思います。「出産の痛みがひどいから、会陰裂傷の痛みなんか女性は感じないんだぜ。」と得意げに説明していた産婦人科の先輩医師がいました。これを何人かの女性に聞いてみましたが、まったくの嘘でした。会陰裂傷の傷はちょっとでも深ければ縫わないといけません。縫合といいます。これが結構難しいのです。きちんと局所麻酔をし、糸を使ってきれいに縫う、のは結構難しいと思います。もちろん、後々のことを考えなければ「ブラックジャック」の頬の傷のようにえいやっと縫えばおそらくお肉はくっつきます。しかし、醜い傷になるだろうし、後々痛む原因になります。クリップもどきで傷をはさむこともあります。しかし「会陰裂傷の縫合」を行えないのであれば、正常分娩を扱うことも事実上不可能です。助産師さんの仕事は「正常分娩」で、しかも縫合の必要のない、会陰裂傷ができなかった場合のみ扱います。これが第三の正解です。会陰裂傷ができないような出産方法を行えば助産師単独で扱える出産になるのか。会陰裂傷を縫わずに治せればやはり出産は助産師単独で扱えるのか。実はお産婆さんの時代の出産の最大ポイントはそこにありました。でも今は絶対に不可能です。つぎにおいおい説明します。

昔の産婆さんはなぜ、医者がいなくてもお産ができたのか。

 お産婆さん。文字に婆さんの字句が入っていて、今時の首筋の長い、きれいなお姉さんタイプになった助産師に、まったくそぐわない言葉です。ちなみに私の父も母もお産婆さんに取り上げてもらい、この世に生を受けています。助産師さんの職業的先祖はこのお産婆さんです。

お産婆さんには看護師資格がなく、今の助産師には看護師資格を併せ持つという違いはありますが、赤ちゃんを取り上げるという仕事に違いはありません。助産師によってはかなりの郷愁を感じる方もいるようです。新人助産師たちが現代の出産現場でまず直面するショック、昔はお産婆さんが出産を一人で扱えたのに、どうして私たち助産師にお産が一人で扱えないの、と気づくことでしょう。現在では98.8 %の出産は医師立会いのもとで行われます。すなわち助産師のみが立ち会う、医師不在の出産は約1 %の比率になった理由はたくさんあります。思いつくまま、箇条書きにしてみましょう。

① お産婆さんの時代、お産は軽かった。
このころの時代、ほんの50数年前のことです。一人目のお産に臨むのは20台前半の妊婦さんが圧倒的に多かったのです。これは現在の、平均出産年齢30歳と比べ、昔の出産は圧倒的にお産が軽い人が多いことを意味します。やはり今でも20台前半の方のお産はそれ以降の年齢の妊婦さんと比べ、出産までに要する時間や出血量は圧倒的に少ないことが知られています。私の病院でもほとんどの方が20台後半から初回の出産に望む方が多く、時には40歳を超えてはじめてお産に望む方も大勢います。統計を取ればわかりますが、20台前半で出産する方は残念ながらやや少数派となってしまいました。逆に増えたのが35歳以上の高年初産組です。割合でいうと50年前の約5倍に増えています。ハイリスクです。ちなみにどんなに成績優秀な病院でも40歳以上で初めてお産をする場合、約2人に1人は帝王切開手術になります。スーパーハイリスクです。

② お産婆さんの時代、人は何人も子供を生んだ。
一人目のお産より、二人目以降のお産(経産といいます)のほうが軽く済みます。お産にかかる時間も短いし、会陰部の傷も浅いし、出血量も少ない。当然ですが、この、経産婦さんのお産ではしばしば、「なーんだ、僕なんかいなくてもまったくいいお産だったなー。」ということがあります。助産師さんがすべて目の前で仕事を終わらせ、後ろで見ていただけ、こんな楽なお産であればひと月100人でも200人でもお産を扱えそうです。現在、女性は一生に1人又は2人しか子供を生みません。合計特殊出生率といいます。つまり、お産は約2人に1人は大変な初めての出産=初産ということになります。お産にかかる時間、分娩時間は2回目以降の出産、経産婦の平均2倍、約7時間も長くかかります。当然リスクも高い。ちなみに多くの病院で初産婦、経産婦での出産料金にまったく差はありません。

③ お産婆さんの時代、赤ちゃんやお母さんはすぐ死んだ。
先の�@�Aと一見矛盾する内容で、しかも穏やかでないのは大変申し訳ありません。が、事実のようです。筆者の手元に「母子統計」という厚生労働省外郭団体発行の無味乾燥な資料があります。現在の出産時、赤ちゃんが死んでしまう確率(妊娠22週以降の死産の数と生まれて1週間以内に死んでしまった赤ちゃんの数の合計)を周産期死亡率と呼びます。普通、1000人のお産のときにどうだったか、で表す数字です。今から約50年前、日本の周産期死亡率(ただし旧定義による)は約46で、現在のそれよりおおよそ19倍も高いのです。同じくお母さんの死亡率、妊産婦死亡率(こちらは10万人のお産のとき、昭和25年と平成15年を単純比較)は176で何と今の約29倍です。この時代、ほとんどのお産はお産婆さんが扱っていました。特に赤ちゃんは本当によく亡くなってしまいました。戦後世代の私たちには想像もつきませんが、どうやら兵隊さんと赤ちゃんは死んでも誰も驚かなかったようです。また次がいる、とでも考えたのでしょうか。多産多死とはこのことです。無論今は少子少産です。いいか悪いか、医療訴訟もほとんどありませんでした。

④ お産婆さんは会陰裂傷をつくらなかった。か、作っても平気だった。
その時代、そもそも会陰裂傷のできやすい初産婦の割合は少なかったのです。経産婦が圧倒的多数を占めていました。5人も6人も生む方が多かったのです。では、できてしまった会陰裂傷はどうしていたのでしょうか。足を閉じて、そのままにしておいたそうです。会陰部はもともと血の巡り、血流が豊富で、傷が治りやすい場所です。だから、そのままです。治らずにバイキンがつくと、不幸な結果となってしまいます。現在のようによい消毒液もないし、第一抗生物質なんか存在しません。産婆さんの腕はこの「会陰裂傷」をいかに作らないかにかかっていました。会陰裂傷を作らないお産、はお産の最終段階、赤ちゃんの頭が出るかでないかの時点で、なるべく会陰部を引き伸ばし、やわらかくし、時間をかけじっくりと出産させることに最大の注意が払われました。切れたら負け、です。幸いに切れずに赤ちゃんが出てきたら出産は大成功です。赤ちゃんのことはそれから考えます。今のように分娩監視装置はありません。赤ちゃんが生きているか、死んでいるかはおそらくわかりますが、具合が悪いのか、胎児仮死か、元気なのかは生まれてみないとわかりませんでした。穏やかな時代だったのかもしれません。残念ながら赤ちゃんには受難の時代でした。赤ちゃんに最もストレスのかかる時期は当然この出産間際です。現在の産科医療ではこの出産間際(分娩第2期といいます)をいかに安全に早く通り抜けるか、に力点が置かれています。

助産師の扱わないお仕事

 「助産師のお仕事」で述べたように、なんとなく助産師さんの仕事内容はわかりましたか。はい、わかりました、と答える方は天才です。こんな駄文を読んでいるひまはありません。私は産婦人科医師になるまで助産師の扱う仕事と産科医師の扱う仕事のちがいについてあいまいで、よくわかりませんでした。医療に携わらない方であれば尚更なことでしょう。最近は新聞、雑誌などで盛んに助産師がお産の仕組みや、ついでに助産師の仕事内容について説明をしている記事を見かけます。まじめに解説をしている内容もあれば、助産師=良い者、産科医師=悪者、ふうのものもよく見かけます。助産師=自然、産科医師=不自然、という論調はもっともありふれています。だから、助産師は必要なんです、と訴えています。私は自分の仕事が妊婦さんにとって不自然で、助産師さんの扱う内容が自然です、とは決して思いません。それは助産師の扱う仕事、産科医師の扱う仕事のちがいをきちんと理解すればおのずと納得していただけると思います。助産師さんは必要です。しかし、助産師制度はもう必要ありません。若く、希望に燃えた助産師の夢を食いつぶす、とっくの彼方に実効性を失った悪霊です。なお、今から述べる内容は私の知る限り助産師さんや助産師の活動を支援する方々、マスコミ等が発信する様々なメッセージには含まれていたことはありませんでした。意図的に避けているのかな、と思われるほどです。繰り返します。助産師さんは必要です。しかし、助産師制度は不要です。制度疲労の典型例です。

医師、助産師、看護師の 「人となり」違い早見表

医師

助産師

看護師

性格

ふつう

まじめ

わるい?

学力

優秀

努力

責任

なし

なし

給料

①  異常分娩→説明済み
②  会陰裂傷→説明済み
③  看護師さんの仕事
助産師は看護師の資格も持っています。ですから、法律的に助産師が看護師の仕事をすることになんら問題はありません。では、どこが問題なのでしょう。大学病院や大病院のように助産師は産科病棟で助産(お産)の仕事のみ扱い、その他の婦人科、手術室、外来業務等はそれぞれ別の看護師が扱うシステムなら、なんら問題はないでしょう。これら赤字垂れ流しの大病院と違い、全出産数の約半数を扱う民間の小個人病院では、助産師の職務内容が大きな問題になります。小病院は中小企業の職場と同じく、助産師さん、看護師さんは患者さんの状態や状況に応じ、臨機応変に仕事をしなくてはいけません。隣の机の電話が鳴っても私の仕事ではないので出ません、とは一昔前の労働組合の力が強い有名なお役所の話でしたが、小病院でそんな考えをする人はいません。様々な仕事をこなさなくてはなりません。では看護師さんが看護の仕事をするのと、助産師さんが看護の仕事をするのと、どこが違うのでしょう。まずやる気のある優秀な看護師はあらゆる部署、臨床病棟の仕事を経験し、それなりの経験をつむことができます。ところが、助産師さんはどんなに優秀でもその卒後臨床経験は産科、新生児病棟にほぼ限られてしまいます。つまり現在の助産師教育では彼女たちに産科、小児科以外の臨床経験を幅広く着けさせることを求めていません。残念ながら今の助産師制度は助産師が周産期医療チームの一員として活躍することを考えて造られてはいないからです。つまり、お産婆さんの手直し版です。結果として医師の信頼を勝ち取り、様々な看護師の上に立ち実務をリードしてゆくことができていません。今の制度で養成された助産師は本当の産科救急の現場で期待されるナースの仕事を行うには控えめにいっても荷が重いようです。運が悪いと二流の看護師扱いとならざるを得ません。助産師の存在は医師と対等であり、医師の指示を待つ業務はしたくありません、と言う助産師さんを何人も知っています。助産師が昔の産婆さんのように独立して業務を行える、私がお産をとるんだ、との強い希望と情熱は認めますが、異常分娩の対処を考慮しないと今後も独立業務は不可能でしょう。産科医師と対立するのではなく、現在の荒廃した周産期医療を産科医師とともに蘇らせることが求められているのです。以前、某都内日赤病院の助産婦学校の講師をしていたころに新入生の経歴をみて愕然としたことがあります。超難関といわれたその助産婦学校の新入生の、約半数は新卒看護師でした。まったくナースとして実務経験のない彼女たちのほとんどが、やがて卒業して産科、小児科(の新生児部門のみ)の仕事にしか携われなくなるのです。海千山千、ひと癖ふた癖もある古強者のナースたちの上に立ってチーム医療のリーダーシップを発揮するのは困難です。これでは病棟が崩壊します。ひどい仲間割れ状態になっているめちゃくちゃ病棟をいくつか見たことがあります。悲しい事実です。

助産師さんという仕事の将来

 個人的には助産師さんはとても頼りがいがあり、まじめでやさしく、優秀だと思っています。ところがなかなか一般社会はそれを認めていません。臨床現場に立つ多くの産婦人科医師も今の制度に縛りついた助産師の必要性を認めていません。難しい表現ですが、私は優秀な助産師さん達が今の制度による助産師である必要性、合理性をまったく見出せません。さらに残念なことに、多くの病棟勤務助産師は自分たちの仕事に魅力を感じていない結果が様ざまなアンケート調査で明らかになっています。その結果残念ながら離職率も大変高いのです。またもや思いつくままにその理由を考えてみましょう。そこからどうすれば助産師さん達に希望あふれる仕事をしてもらえるようになるのか、解決策を考えてみましょう。

① 助産師の仕事は周産期認定看護師に変える
助産師という仕組み、つまり制度をこのように作りかえるのがよいと思います。周産期とはわかりやすくいえば産科と小児科をひとまとめにしたものだと思えばよいでしょう。ミソなのは、上級の看護師になることです。「助産師さんの扱わない仕事」でお話したように事実上、小病院では助産師を仕事の限定された看護師としか扱っていないところがあります。残念ながら2流の看護師になってしまいます。では出産に関してはというと助産師の仕事は必要性、独自性がかなり希薄です。突き詰めて言うと、現在では助産師さんでないとできない仕事、出産業務は存在しません。どこの病院でも普通、正常、異常も含めすべての出産に産婦人科医師が立ち会います。また、緊急帝王切開手術等が必要な高度の異常分娩の際には手術室やICUを経験した看護師が産婦人科医師と共にリーダーシップを発揮して正確に、速やかに仕事を進めます。緊急性が高ければ高いほど、この体制でのチーム医療が最も安全、かつ能率的です。さらに患者さんにとっては最後の最後まで周囲の看護スタッフに囲まれて出産に臨むことができます。私はその様々な看護業務を取り仕切るリーダーに優秀な助産師さんがなることが単純に考えてももっとも望ましいと思います。

② 助産師の卒後教育制度を基本的に大学病院産婦人科学教室で行う。同時に助産師のステータス向上をはかる。
私の知る限り、助産師の卒後臨床教育はかなり怪しい。そもそも事実上卒後教育制度が存在しないと思います。では、頑張って助産師大学院研究科でも作って、付属助産師大学病院の中でこつこつと産婦人科医師に対抗すべき人材を育成するのでしょうか。その指導助産師は誰がなるのでしょうか。患者さんはどのように確保するのかなあ。特別に帝王切開手術もするのかなあ。まったく実現性はないし、第一理論的に破綻しています。

医学部の例で言うと、卒後教育は研究活動、臨床医学と三本柱で成り立っています。大学病院の先生は白衣を着て患者さんも診るし、学生の講義を行い、研究をも行います。だからいつもへとへとです。上に行くほど大変です。一般の株式会社と正反対です。助産師さんが一人でこの体制を作ることは誰が考えても、また患者さんのためにも辻褄が合いません。産婦人科学教室(医師となったものが卒業後に所属する、教授を頂点とした大学医学部の臨床科別部門)で勉強することに抵抗を感じる助産師は多いと思います。しかし、例えば救急救命士は大学救命救急学教室の救命センターの中で救命ドクターと一緒に仕事つまり研修業務をしていたし(無論行える仕事にかなりの制限はあるが)、薬理学教室、病理学教室に薬剤師、サイトスクリーナー等の資格をもつ研究生は大勢在籍し、もちろんさかんに研究活動、病院での臨床活動を行っています。その他医学部の教室に医師以外の研究生在籍は枚挙にいとまがありません。救命救急士は新制度ながらあっという間にそのレベルをちゃくちゃくと上げています。大昔からある助産師はなぜ産婦人科教室や小児科学教室で卒後の研鑽をしないのでしょうか。在来の看護部にも在籍し、研修目的で派遣されれば良いのです。産婦人科の外来診療を系統的にきちんと行えるようになります。さらにそこは異常分娩へ対処する知識と経験を身に着ける唯一の場であり、かつ最短コースです。ちなみに一定年限を経過し、論文が認められれば学位(博士または修士)をもらいましょう。同時に所属する看護部、日本看護協会からは専門看護師等の資格をもらい、すぐ主任です。厚生労働省はこの時点で開業免許を与えましょう。むろん一定の異常分娩に対する処置を認めて。ただし、それまでは生活レベルは生活保護ぎりぎりを覚悟する場合があります。この点、大いに議論が尽くされるべきでしょうが。なにはともあれ一般労働者から誰もがエグゼクティブと認める身分になること=ステータスの向上ですよ。種をまかなければ実はなりません。朝の7時から毎週英語の抄読会(研究会)や夜の7時から研究発表会をしても、深夜まで研究に時間がかかっても、日曜日に呼び出されても時間外手当はありません。頻回にある当直業務の翌朝からまた通常勤務だ。もちろん労働組合はありません。

③ 大学医学部へ編入を認める、推薦入学枠を確保する。
またも医学部ネタで大変申し訳ないと思います。しかし、周産期医療チームを再生させるためには産科医師、小児科医師、助産師がばらばらの教育制度のもと異なった思惑を抱いてはいけないと思います。ことに仕事内容が看護師、産科医師と重複する助産師の養成はそのキーポイントです。教育制度は一本化。古い話で申し訳ありませんが、昔の戦闘機で日本海軍のゼロ戦と陸軍の隼は同じエンジンにもかかわらず、形式名をわざわざ変えていました。しかもわざとお互い融通が利かないよう、同じ工場でも細かい部品を変えていたといいます。また、陸軍が潜水艦や航空母艦もどきを作ったり、おかしな制度が山ほどありました。今の海上自衛隊の艦船と海上保安庁の船艇は仲が悪すぎて、交信するのに全国共通の緊急周波数を使用するそうです。両組織に同じ名前の船も山ほどあります。ばかだ。話がそれましたが、一定の臨床経験をつんだ優秀な助産師に対し、国は奨学金を出し医学部への入学、編入制度を作るとよいでしょう。

④ このまま何も変えず。
現状の助産師制度を続けるのならあと10年以内に外部の圧力により、助産師制度は最も助産師の望まない方向へ変わらざるを得なくなるでしょう。助産院の新規開業権は解消され、助産師の呼称や助産師制度そのものが減衰、消滅するでしょう。現在の病棟内での助産師業務は優秀で幅広い臨床経験をもつ看護師に換わられ、古い制度の助産師はおっぱいケアを細々とするしか行き場がなくなってしまいます。ただしそれすら存続は怪しそうです。出産、子育てにはなにより母性が大事なんです!と何かにつけ妊婦さんや若い看護師に号令をかけたがる大病院助産師婦長。でも、その実お子さんのいない方がなんと多いのでしょう。結婚や子育てなんかしてたら普通、大病院助産師婦長にはなれませんけどね。母でない人が母に母性を説教する、小学生の子供が見ても笑ってしまう「母性」の理屈です。多くの大病院産科病棟で看護部長、看護師長、主任、そのまた下まで見事にずらっと未婚族助産師、というのを見てきました。ちなみに私には子供が何人かいますが、ろくに子育てをしていないので、私の病院で「母性」根性物語はなしです。普通のおっかさん助産師、看護師達が手加減してそおっとやってますがね。21世紀に入る前後で不要な制度、モノ、考えは名誉と共にどんどん消滅してゆきました。お産婆さん、路面電車、タイプライター、学生デモ、紙芝居屋さん。トヨタスープラ、セリカ、レビン、トレノ。日産ではシルビア。大きいものでは日本長期信用銀行、大蔵省、郵政省。国家でも政党でもへぼなものは片っ端から消え行きます。南ベトナム、東ドイツ、ソ連、社会党、などなど。

もうすぐまともに胎児の推定体重を計測できない老産婦人科医、緊急帝王切開手術のできない個人産婦人科開業医、も仲間入りです。なぜだか入局者ゼロが続く産婦人科学教室、ついでに産科当直を余分にこなす、割を食った男性産婦人科医師、へとへとになったその男性産婦人科医師をボイコットする怪しげな女性専門外来、ついでにその当直しない女医産婦人科医師。主治医のわからないうちにお産が終了する拘置所風大病院で出産の選択しかできなくなった日本国、もそのうち仲間に入るでしょう。

夜も更けて

 暗い夜ですが、必ず夜明けは来ます。明るい朝日に包まれんことを私は夢の中のまどろみで願っています。足先が冷えてきたようですが心は常に温かです。助産師よ、永遠なれ。助産師よ、常に悩める妊婦さんのそばにつきし救世主たれ!

平成19年 寒い夜