続・骨の折れる話

―――骨折り損のくたびれ院長が骨を折り、本当に骨が折れるのは骨が折れてからだったと気づく話

春のお花畑にて

続・骨の折れる話

―――骨折り損のくたびれ院長が骨を折り、本当に骨が折れるのは骨が折れてからだったと気づく話

医療体験エッセイスト 千成表太郎 Hyotaro SENNARI
共著 清兵衛 Bay SEI

PDF版はこちら


骨が折れてから骨が折れる

私はしがない地方で小さな産婦人科を営むくたびれ院長。健康だけが取り柄だった自分にある朝悲劇が訪れた。何と自分のクリニックで不覚にも転倒し左腕が折れてしまった。間抜けもいいところだ。不幸中の幸いでさっさと翌日には手術を終えその3日後の朝に早くも退院した。奇跡的な超早期退院だ。満身創痍だが帰宅できたことに大喜び。ところがその喜びも一瞬で変わる。その後の日々は想像とまったく異なっていた。ひねた荒波が手ぐすね引いて待ち構えていたからだ。帰宅して優しい妻の顔を見て、うっかり笑顔で緩んでしまった口元。そこへいきなり邪悪な荒波が次々と襲い掛かかる。「こんなはずじゃない!」すっかり歪んだ口元が叫ぶ。ここから更なる闘病が始まった。本当に骨が折れるのは骨が折れてからだったのだ。暗い冬景色はまだ続く。ある日の午後どんよりした雲の晴れ間に咲きゆく桜のつぼみを見つけた。動きの悪い腕をさするとそこからひねた声がそっとつぶやく。「冬は終わり。そろそろつらい日々を顧みるチャンスだよ、」と。重い腕を気遣いPCへ向かい、そして想いを綴ろう。ご迷惑をおかけした皆様には今更何をと思われるかもしれないがどうぞお許しあれ。お怪我やご病気になられたご同輩がいらっしゃればこのささやかな体験談が少しでも勇気の糧になるかもしれない。健康な方は日々の健康にさらなる祝福があることを望んで。むろん自分には懲りない反省の糧として。骨の折れることだ。

骨折後の帰宅


眠れず、動けず、逃げられず

何とか自宅に帰ったものの、、、。待望の我が家へ帰り着いた。当然暫くは大事をとって仕事も待機だと思っていた。ゆっくりご静養ですね、と誰かが言ってくれることを期待していたのだが、あいにくこの時クリニックの仕事量が珍しくピークを迎えていた。さっそく自室へ待ちかねていたように外来担当の産婦人科医4女から院内PHSでの質問ラッシュが始まった。丁寧に答える。時々院長の文字が汚くて読めないとのクレームも来る。もっと丁寧にカルテを記入しとくんだったなあ。しかしこのくらいは辛さも序の口だった。これから始まる地味だが自慢にならない自虐話をご紹介せずにはいられない。笑い話ではない。眠れず、動けず、逃げられず、の3段活用だ。

眠れず動けず逃げられず

これとは少し違うかも。3段活用は一緒だが。

眠れず

痛くて眠れない。折れた左腕を下にしてはいけないので常に緊張しながら仰向けか、右を下にして寝る。どちらを向いてもしばらくすると腐った左腕の周りが痛み出す。深夜に何度も起きだし、ベッドサイドの椅子に腰かけ痛みが引くのをじっと待つ。痛みが引いてくるのと眠気が増してきた平衡点がベッドへ戻るタイミングだ。気を付けてベッドへ横になる。しばらくするとまた同じ繰り返し。眠れない。もともと胃が良くないので鎮痛剤と相性が悪い。いつ呼ばれるかもしれないので眠剤は飲みたくない。でも夜は長い。夢も見ず。

眠れない夜

動けず

当たり前だが折れた左腕は動かない。正確には腕の上下が痛くて動かせない。左の二の腕が腫れ上がり力も入らない。動かす気にもなれない。帰宅当初二の腕の周りは29センチだった。鉛筆より重いものを持たない筆者の腕はもともと細い。だるい、ふてくされ、あきらめ。できの悪い息子と同じ。放置。クリニックでナースをしている優しい次女がある日血色の悪い腕を見、心配して尋ねた。じゃあ、ギューッと握って。左手を一生懸命握るもむくんで指先以外全く曲がらない。まるで猫の手。ふざけてんの?と叱られた。大まじめなのに。すみません。

自室でご静養中(二の腕29cm)

自室でご静養中にて。よく見ると二の腕の真ん中に29と書いてある。29センチの太さだった。自分で記入。今は24センチ。書くなよ。バットの先に生えるまごの手。左手の指も第二関節を少し曲げるのがやっと。猫の手未満。どす黒い。

逃げられず

仕事はお休みし、ゆっくりご静養。ところが大けがの後の鉄則はいとも簡単に崩れた。しばらくすると立て込んだ仕事が舞い込み、手伝わないといけなくなってきた。クリニックは産婦人科だ。小波、中波、大波とまんべんなくそろう。筆者が入院中、幸いにも小波しか来なかった。帰宅すると早速待ちかねているように中波がやってきた。優秀だか経験値の少ない4女にも対応の限界がある。助けに行かねば。無論生真面目な長男も手伝いに加わる。重く腐った左腕をかばい脂汗を隠しつつ一生懸命左腕をきれいに消毒し帝王切開手術に加わる。ついでにいつもの手術用手袋がむくんだ左手になかなか入らない。気合いだ!左腕も火事場の馬鹿力よろしく手術中は精神力で何とか動かす。長男が早くあっちで休んで、と目くばせするも人任せにしたくない。いくつかの中波、大波を超えた時、筆者の腐った左腕はすでに限界を超えていた。寝静まった夜中に左腕が泣いていた。「ぐーっ」と聞こえる。ぐうの音も出ない。

逃げられず(帝王切開手術)


リハビリは続くよどこまでも

こうはしてられない。一刻も早くリハビリをしないといけない。お脳が日光東照宮の猿並みの院長でもさすがに気が付いた。腕が動かない→肩の筋肉が固まる→腕が動かない、のループだ。帰宅して二週間も経ったころ妻がリハビリの先生を連れてきてくれた。理学療法士の方だ。爽やかなその若い先生はぐいぐいとリハビリを開始した。一回40分の試練。

リハビリ開始

猫の手でリハビリ

つらい。でも猫の手ではいけない。

 

 

 

 

 

脂汗と冷や汗のにじむこの時間から思わず筆者の小学生時代を思い起こす。勉強が嫌い→成績が悪い→勉強が嫌い、の爽やかなループを見るに見かねた母がある日のこと家庭教師の先生を連れてきた。まさか50年前以上の悪夢がよみがえるとは。フラッシュバックにめまいがした院長を尻目に今度のリハビリ家庭教師の手は緩まない。週に2回も来てくれる、トホホ。いつになったら終わるのやら。そういえばついこの間も若い先生がおっしゃっていた。まあ、今の成績としては40点ですね、と。

40点。再試。

40点。再試。


腕は超高級機械式腕時計

筆者はおよそ35年前、まだ性格が良かった青年のころ左足をスケート中に転んで骨折したことがある。約1か月間入院していたが、リハビリをした記憶はほとんどない。1回くらい平行棒にしがみついたような気がするが、いつの間にか歩いていた。退院して、ジ・エンド。痛くもかゆくもない。後遺症もない。

35年前の骨折プレートとミッキーマウスのオルゴール箱

妻が持つ古びたミッキーマウスのオルゴール箱。中には筆者が35年前に骨折し、その後抜釘したプレートが入っている。(写真右側中央の金属板)青春の記念だ。あの時も必死に看病して何度もお見舞いに来てくれた。ありがとう。オルゴールからは今でもゆっくりミッキーの曲が流れてくる。

先日理学療法士の先生に尋ねてみた。どうして前回の足の骨折の時はすぐよくなったんですか。今回はこんなに長引くんでしょうか。答えは明確。肩の関節というのはいわばゴルフボールを乗せたカップと同じであらゆる向きに動く万能の機能性があるんですよ、と。つまり足は動けばどうともなる、いわば小学生が教室で使う箒。動きは単純。ところが肩は超高級機械式腕時計、動けばいいというものではない、ついでにその先の繊細な指の動きも司る、そのような理解らしい。なるほどねえ。ちなみに筆者の持つ腕時計は小学生のお小遣いでも買える某カシオのデジタルウオッチだ。時計と車、脳は単純なほどよい。


優秀な妻

腕の調子が良い日には妻と外出した。道を行き来する人々はみな歩みが早く、よれよれあるく筆者の何倍も速く感じる。スマホ歩きの人も多く腕にぶつかってきそうで怖い。

妻と外出(緩衝材の自作カバーを巻いた左腕)

左腕に青く巻き付けているのは緩衝材の自作カバー。無いよりまし。

したがって外出はこの歩き方になった。人目を引くが安全第一だ。小さな妻の左足が前に出るタイミングで自分の右足を前に出すのがポイントだ。左腕をかばい道や店舗では常に左側に寄せて歩く。前から人が来ると妻がさりげなく左腕を横へ突き出す。左側を人が通らないようにする予防策だ。ちなみにコントではない。小さいが役に立つ妻。感謝します。


悪い虫

よれよれ外出が出来るようになると次へエスカレートする。車だ。人類の発展と自動車の進化は同一だ。実は退院して10日程した土曜日の深夜、こっそり自分の車の運転席に座ってみた。狭い車に乗り込むだけですでに左腕がむくれだす。うーん。思い切ってエンジンをかける。感動より先に振動が骨を伝導し、ため息とともにエンジンを切った。全くダメ。

悪い虫(車の運転席)

しばらくはおとなしくしていたがそれからさらに2週間ほどしたある休日、悪い虫が筆者の脳にこっそり訪ねてきた。行こうぜ。今度はそろりと乗り込みエンジンスタート。左腕は沈黙している。サイドブレーキを右手でリリースしついでにDレンジに入れる。そっと右足を緩めると待ちかねたように車は進み出す。外で見ている妻に声をかける。行ってきまーす。もちろんハンドルは教習所で教わったように10時10分に握りしめる。(この項目はあくまで筆者の妄想です。)

妄想のドライブ

妄想のドライブ中に一休み(AIイラスト)

妄想のドライブ中に一休み。写真は超高性能AIエンジンで作成。

コーヒーのふたが開けられず(妄想)

別の日。ドライブ途中で飲もうとしたコーヒーのふたが開けられず。車の屋根に置き途方に暮れる。(の妄想)

最新型超高性能AI制御ICチップ入り

退院してから周囲の目が変わった。留守を守ったクリニックのスタッフにも感謝の言葉でねぎらう。一見せかせかと動く院長を見て思ったより大丈夫そうに思えたらしい。皆さんがどうでしたと聞きたがっていたので答えを用意した。「急いで手術してもらったんだけど結構充実してるよ。骨がチタン製でね。まずオプションで1000万、3000万、5000万コースを選ぶんだ。まあ、一応どれでも最新型超高性能AI制御ICチップと送受信機が組み合わされているんだけど、性能が違うんだね。控えめな僕は真ん中のコース。時々自動アップデートされるんだよ。困ったことがあると骨が自動で脳に語りかけてくるんだな。いやー人生変わったね。怪我の功名というんだよ。はっはっは」皆感動しだまり込む。その後の経過を考えるとやっぱり一番高いコースにしておけばよかった。しまった!


エピローグ

退院して3か月半がたった。クリニックとスタッフは一見すると変わりがない。大活躍だった産婦人科新米長男は大学病院へ戻っていった。産婦人科3年目の4女は妊娠が発覚しドタバタの後自宅でのんびりしている。骨折り損のくたびれ院長は骨折そのものの経過は良好で心配していた偽関節の発生もない。リハビリは難航。相変わらず夜間の痛みで目が覚める。復活度は甘く見積もっても4割程度か。恐怖と邪悪の、それぞれに満ちた暗黒のトンネルを合計2つも通り過ぎようとしている。ようやく向こうに出口の明かりが見える。そうだ、根本的に何かが変わった。真の転機だ。以前の自分にはもう戻れない。たしか骨折する数日前、息子や娘を目の前に「指揮官先頭だ、みんなついて来い!」みたいなことを安いワインの勢いでしゃべった記憶がある。今は歩くのも妻を盾にするのが精いっぱいだ。天は不埒な者を見逃さないのだ。腐った骨に潜むひねたICチップの奏でる雑音はもう聞こえない。そよ風と共にあらゆる膿は消え去り、そしてきれいな空洞が残った。これからは空洞に少しづつ清らかで、美しい希望が満ちてゆくことを願う。肩をすくめて歩くから腕が上がらない、とリハビリの先生にいつも注意を受ける。心はうつむき、肩だけは春風を切って大いに歩こう。もちろん大手を振って。

清らかで美しい希望へ(桜のつぼみ)

清らかで美しい希望へ


著者氏名: 千成表太郎(ペンネーム)
共著: 清 兵衛(ペンネーム)
職業: 主婦 副職業:たまにコスプレナース
年齢: 17歳(おおよそ)
性別: 非公開
性格: うっとりしやすい
似てる俳優: (松田聖子+広瀬すず)÷2
生年月日: 21世紀(誤差含む)
愛車: トヨタハチロク
目標: 直木賞受賞 / お菓子のうちに住みたい(無理かも)
でかいトラックを豪快に運転しみんなを見下したい(無理かも)
格言: ふわっと / なんとなく
著書: 車でWALKMANが聴きたく聞きたくなったあなたに。休憩編 / ひょうたん誕生悪戦苦闘記 / オープンカーに乗ろう!
趣味: 夫いびり
モットー: 家事はしない。≒掃除はしない。≒洗濯反対。≒炊事拒否!
避ける言葉: 勉強、勤勉、向上心。腕の悪い医者

著者イメージ

※ご注意 本文すべては筆者の想像的思考と希望的観測に基づくフィクションであり、一部AI制御による構成も加味されています。したがって内容に関し一切の責任能力を有しないことをここに明記します。