その5 – 安産日記24時

お産にかかわるものであればだれでもが願うもの、安産。どうすれば安産の切符を手にすることができるのか、難産になりかけたものをどのように正しいこの世の安産に向き直してもらえるか、夜と昼になく、皆が悩む課題です。私は産婦人科医師として幸いにも少なくない方々の出産に立ち会ってきました。皆さんが想像する安産とはドラマに登場する、おぎゃーという声で終わるハッピーストーリーだと思います。ある意味それはドラマとしては正しい展開ですが、それをもとにお産は安産なんだ、安全で当たり前、安産であるべきだ、との考えに凝り固まってしまった人々を私は知っています。実際に安産とはどのような経過なのでしょう。お産の詳しい内容はふつうドラマか、周囲の人たちが細々語る内容でしか知り得ません。それがかえってみなさんをお産の現実から目を背けさせ、無関心になるか、逆にお産はみんな安産なんだと信じ込む結果を招いているのかと思います。今夜は当院で過去にお産をされた方数人にご登場いただきお産の流れをざっと振り返ってみようと思います。(再現ドラマではありませんが出演は快諾いただいております。念のため。)そこから安産とはどういうものか、どうすれば安産行きの切符を手にすることができるのか、皆さんと睡魔君も交えてゆっくり考えてゆきましょう。間もなく0番線より特別急行夜行「深夜」安産行き発車となります。グリーン寝台にお乗りの方は枕をお忘れないようご乗車願います。

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(この内容は事実に基づき書かれています。しかし、本人のプライバシー保護の点より一部に脚色をしております。固有名詞は仮称であり、内容、日時等は多分に誤差を含みます。ご了承ください。)

 

ケースその1

妊婦さんのお名前は前田敦子さん、32歳初産婦。平成26年8月16日、妊娠判定薬で陽性となったため当院を受診しました。身長158cm、体重47.8Kgとやせ形。職業は治験開発業務受託機関に勤めるエリート会社員。現在に至るまで特に問題となる病気もありません。超音波エコーで子宮内に赤ちゃんの部屋(胎嚢)を認め、他にも異常を認めませんでした。結果を簡単にお話をし、この日は終了です。

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↑前田敦子さんのイメージ2月の見事な河津桜

 

9月15日、超音波エコー上赤ちゃんの身長(頭臀長)は23mmと大きくなっており、出産予定日は最後の月経から計算した日と同じく4月某日に確定しました。

image       image模式図

(↑)全長23mmの赤ちゃん。人類が二頭身像へ無意識な愛着を感じるわけはこれだ。

その後順調に妊婦健診は進みますが平成27年1月15日、妊娠27週の時点での推定体重が842グラムと多少小さめに計算されました。その後の健診でも平均よりやや小さ目な体重のため、念のため近隣の万年堂浦安病院へ赤ちゃんの様子をよく見てもらうため、超音波スクリーニングを依頼しました。結果はやはり小さめとのことですが、赤ちゃん自身には大きな異常がないとのことでした。今後の発育具合が大事とのことでしょう。

上の図;カーソルを重ねるとイメージ画像に切り替わります。 Illustrated by Kaho ARIMA
(↑左)4Dイメージの一部。眠そう。額の黒い丸は意味のないエコーで無視。(↑右)推定体重の発育曲線。最後の3点は大きめの誤差が出ている様子。

その後も小さめですが幸いにも何とか正常範囲の発育を続け、10か月を迎えました。平成27年某月15日早朝5時55分、陣痛が始まったとの電話連絡がありさっそく入院となりました。診察すると子宮口(子宮の出口のこと)は2cmの開きに過ぎませんが薄く、とても柔らかく、また赤ちゃんの頭の下がり具合も良好です。頭の先で子宮口全体を引き延ばし、ぐっと出口の方に押し出しています。子宮口が開けばいつでも頭から飛び出すぞ、との熱いメッセージが赤ちゃんの頭から湧き出しています。幸先は良し。出発進行。赤ちゃんのモニター検査(胎児心拍数図)も元気な様子を示し、陣痛は7分間隔できちんと来ています。以前より無痛分娩をご希望されていたため硬膜外カテーテルを胸椎12/腰椎1と腰椎4/5の二か所に留置します。細身ゆえ難なく終了。子宮口が3cmになるまで無痛分娩は待つのが原則です。陣痛時には顔をしかめますが今のところ笑顔に余裕がうかがえます。早めにご主人と共に分娩室へ移動してもらいテレビを見ながら待機してもらいます。

いつものせわしない朝食を済ませ、回診を終え、書類仕事に没頭している院長に午前8時20分、スタッフより電話。「子宮口が3cmになりました。」陣痛間隔は3分おきで痛みも強くなってきているとのことです。無痛分娩を開始する良いタイミングです。モニター検査も良好。いつも通り膠質液「サリンヘス」500mlを急速点滴投与しつつ、手始めに局所麻酔薬0.2%アナペイン5mlを腰椎4/5から投与します。さらに同じく0.2%アナペインを腰椎4/5から5ml/時間で持続投与も開始しました。10分後の血圧測定の指示をし、その後の痛みが激痛だったり、まったく消えてしまったり、子宮口が5cmを超えるようならまた教えてと伝えました。その後連絡がなく、いよいよしびれを切らして9時ちょうど診察に行きます。痛み具合はまったくなく、子宮口は4cmに開いていました。赤ちゃんの頭の向きが望ましい向きと反対に向いているのが多少の難点ですが、進み具合が良いため今のところ無視します。アナペインの持続投与は早々に中止とし、子宮口が5cmを超えるか、激痛か、痛みゼロになったらまた教えてと伝えました。お産は少しづつ進んでゆきます。しばらくしてスタッフに聞くとリモコンを操作しながらテレビを見ているとのこと。痛みの度合いはまったく痛くない時をゼロ点、死ぬほど痛いときを10点として患者さんに教えてもらいます。この時の痛みは4点です。もっとも望ましい痛みコントロールの目標は3点から5点に設定します。11時ちょうど。6cmに開き、痛みも落ち着いているとの報告。赤ちゃんの頭の向きは望ましい方向に回った様子です。しかし、モニター画面を見ると陣痛間隔が4分をやや上回っています。微弱陣痛に近い状況です。あらかじめ承諾書はお渡ししてありますが再度ご本人へその旨説明し、陣痛促進剤「アトニンO」を点滴注射により既定の分量で徐々に開始しました。11時20分、子宮口は8cm開大、陣痛は3分間隔となりましたが痛みも6点になりました。局所麻酔薬0.2%アナペイン5mlを腰椎4/5から追加投与し、さらに同じく0.2%アナペインを腰椎4/5から5ml/時間で持続投与も再開しました。幸いその後痛みは落ち着きました。12時30分、子宮口は完全に開き、次いで13時10分、破水しました。きれいな羊水がさらさらと流れ、赤ちゃんの頭がすぐそこに触れます。向きもベストです。モニター信号でも赤ちゃんの状態は良好。痛みはなんとか5ないし6点。もう少しです。13時55分、痛みが強いとのこと。さっそく今度は先ほどより強力な局所麻酔薬1%カルボカイン5mlを腰椎4/5から注入します。0.2%アナペインの持続投与はもうおしまいです。しばらくして痛みは許容レベルへ。このまま落ち着いついて出産に突入かと思われましたが、最後の最後、赤ちゃんの頭が見え隠れしてきた14時35分、痛みレベルが6点となりました。おそらくこれが最後の痛み止め追加です。1.5%カルボカイン5mlを腰椎4/5から注入しました。さあ、もうお産です。痛みが和らいでいるうちに生まれるのがベストです。何回かいきんでもらっているうち頭がポロリ、つるんと出てきました。おめでとうございます。会陰切開の傷もわずかで、10分足らずで完全に溶ける糸を使用しきれいに縫い終えました。麻酔が効いていて痛みもありません。赤ちゃんの重さは2648グラム、女の子。アプガースコア8点、9点(1/5分)UApH7.221。少し小さめでしたが良しとしましょう。

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生まれたてほやほや、まぶしい世界を2分間眺めて不安の様子。大丈夫だよ。

(この内容は事実に基づき書かれています。しかし、本人のプライバシー保護の点より一部に脚色をしております。固有名詞は仮称であり、内容、日時等は多分に誤差を含みます。ご了承ください。)

 

ケースその2

妊婦さんのお名前は松田聖子さん、35歳初産婦。平成26年7月11日都内のレディースクリニックより紹介受診されました。

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↑松田聖子さんのイメージ

現在に至るまで特に問題となる病気もありません。身長157cm、体重45.2Kgとやややせ形。職業メーキャップアーティスト。最終月経より妊娠7週4日と計算されました。超音波検査では赤ちゃんの身長(頭臀長)13mmで元気に心臓の拍動を認めました。

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全長12mmの赤ちゃん。右端は輪郭をわかりやすく偶像化したイメージ。

 

35歳と高年初産婦であり、無理して切迫流産になったらいけませんよ、後々妊娠高血圧症候群にならないようにのんびりしましょう、難産のリスクも出産時には考えましょうなど緩やかにお話ししこの日は終了です。

以降順調に妊婦健診は続き平成27年1月後半、妊娠10か月となりました。10か月に入ると健診時毎回内診があります。松田聖子さんは10か月の最初の内診時、赤ちゃんの頭が産道に固定していませんでした。まだお産の準備段階が整わず、赤ちゃんの頭が下がっていない状況です。準備が整えば後々頭は下がってきますが、場合によってはもともと骨盤が狭い可能性もあります。高年初産婦さんは元々そうでない方に比べ産道の組織、お肉が固く、難産になりやすいとされています。骨盤が狭く、お肉が固いとさらに難産の度合いは増します。このため、念のためMRIでの骨盤計測を受けてもらうこととなりました。近隣の北周海病院へ予約を取り、数日後さっそく届いた骨盤の写真は経腟分娩するにはあまり都合のよい形ではありませんでした。

(↑左)写真1は骨盤のMRI写真で、気を付けした人の真横方向から写した断面図のイメージ。赤ちゃんの頭の輪郭も丸く写っていて、この恥骨と仙骨でかたち作られたトンネル(産道)を赤ちゃんの頭は赤い点線の方向に進む。①がその入り口で、③は出口に近い。この骨盤では①②③の中で①が最も狭い様子。

(↑右)写真2はその①の入り口断面を今度は妊婦さんの頭の方向から真下方向に見た同じ場所(入り口)の輪郭。①のラインはこの写真では縦の線として写っている。

仙骨の形はパッと見正常ですが、実は通常より随分と小型で、湾曲がやや強い形状です。出産時赤ちゃんの頭はお母さんの骨盤を真横から見た断面図として想像すると、お母さんの恥骨を軸として、もう一方の仙骨の内側の湾局面をスライドしながら出口へ進みます。しかもパチンコの玉がポロンとすり抜けるのと違い、この狭い産道の中をその時々に応じ最も進みやすくなるよう、要所要所で頭をひねります。スライドしながら、頭をひねる。多少複雑ですが、この動きがうまくゆかないと途中でつかえる=すなわち必ず異常分娩となります。それも産道が多少広目であれは多少のルール違反を無視してお産が進むこともあり得ます。さて、絶対的広さは、残念ですが狭めです。恥骨と仙骨の間で作られる産道で、最も狭いポイント(写真1の①)は119mmです。この時の赤ちゃんの頭は最も大きな場所で97mm。差は22mm。この22mmmの幅にはお母さんの産道のお肉の厚さも含まれます。教科書的にはこの差が15mm以下の場合、赤ちゃんの頭が通過できなくなる可能性が大幅に高くなります。なお、赤ちゃんの体で一番大きい部位は頭なので、頭さえ通れば通常体は苦も無く出てきます。高年初産、変形仙骨、狭め、で現状頭が浮いている状態。慎重に先行きを検討します。さらに健診は続き2月の末、ついに予定日を迎えました。この日の健診では推定体重3186グラム。赤ちゃんの頭のサイズは98mm。内診で頭は骨盤の中に入れずまだ浮いていました。優しそうなご主人はいつも妊婦健診に付き添われ、特に10か月に入ってからはご本人と一緒に毎回真剣にお話を聞いていました。さらにもう一回の健診を経て、いよいよ2月末某日、22時10分、陣痛が来て入院となりました。

入院時子宮口は2cmに開いていましたが頭の位置はやや高く、何とか固定したかしないかの位置です。意外や子宮口は柔らかくそこそこの位置関係です。まだ寒い夜気が夜の脳味噌を刺激します。異常分娩に備えこまごま準備をし、赤ちゃんのモニター検査を厳重にします。無痛分娩の希望もあり、さっそく硬膜外カテーテルを胸椎12/腰椎1と腰椎4/5の二か所に留置します。まだ無痛分娩は開始しません。無痛分娩は子宮口が3cm、またはそれ以上になり、十分な陣痛が無いと始められません。硬膜外麻酔をする時松田聖子さんの左肩を中心に約20cm四方の奇妙な刺青が笑っているのが見えました。

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色が塗ってない、まだデッサンの段階です。でも怖さは十分。本人によると図柄は「ワカゲノイタリ」だそうです。勝負開始です。翌日午前1時30分、スタッフより子宮口3cm、頭はまだ高いとの報告。痛みはそれほどでもないという。もう少し頭が下がるのを待ちます。2時、気になり電話。痛みが強くなってきて、手術分娩室へ移動したとのこと。子宮口は3cm、頭は多少下がってきました。赤ちゃんは元気。無痛分娩をそろそろ開始です。膠質液「サリンヘス」500mlを早めに点滴投与しつつ、まずは軽めに局所麻酔薬0.2%アナペイン5mlを腰椎4/5から注入の指示をしました。もう10分経っても激痛か、まったく痛みが消えるか、子宮口が5cmを超えるようなら報告するようお頼みする。控室でうとうとしながら待つうち、2時40分お電話。痛みは一時よくなったもののまだ6割がた痛い。子宮口は4cm。0.2%アナペイン5mlを同じく追加で腰椎4/5から注入を指示しました。以降痛みは徐々に軽減します。控室のモニターは赤ちゃんが元気なことを示し続けています。陣痛は3分間隔。このままいけるか。うとうとしつつ3時25分、お電話。痛いとのこと。痛みは9点。子宮口は5cm。頭の位置は固定したものの依然高めです。しっかり痛みを取ろう。局所麻酔薬1%カルボカイン5mlを腰椎4/5から注入を指示しました。ただし、逆に痛みを取りすぎてもせっかくの陣痛が弱まってしまいます。また、どうしてもお産が進まず帝王切開手術に切り替わった時、ある程度の局所麻酔薬が新たに必要となります。それまでに大量の局所麻酔薬を無痛分娩として使っていると麻酔薬の限度の量(極量)を超えてしまいます。麻酔薬の使用分量はお産の進行具合を考え慎重に考えます。幸いその後、痛みは大幅に軽減しました。どうも気になり4時ちょうど、診察に行きます。思ったよりニコニコされていましたが、子宮口は9cmにまで開大、頭の下がりは意外と良好です。すごすご引き返します。控室のモニターは赤ちゃんが元気なことを示しますが、今度は陣痛が間延びしてきました。平均4分を上回っています。微弱陣痛気味です。

どうしようかと思っているうち4時30分お電話。痛いとのこと。その他状況は同じ。陣痛促進剤を規定通り開始し、その後1%カルボカイン5mlを腰椎4/5から追加注入を指示しました。お産が止まるか、進むか。痛むか、痛まないか。中学のころに苦しんだ連立方程式です。幸いその後痛みは軽減したとのこと。モニター上は陣痛の間隔は少しづつ狭まってゆき、強すぎず、弱すぎずのちょうどよい様子。このままいけるか。5時25分、痛くなってきたとのお電話。1%カルボカイン5mlを腰椎4/5から注入を指示しました。1%カルボカインとして3回目です。分量としてまた安全に使えます。万が一の余裕もあります。その後痛みは軽減。6時5分、またまた気になり診察へ。子宮口は完全に開き、頭の位置も随分と進み、もう頭の先が見え隠れしています。診察中に破水し、大量のきれいな羊水が出てきました。見た目は痛そうな状況にかかわらず、麻酔はよく効いているとのこと。破水したことでさらにお産の勢いがつきます。目指すゴールが見えてくる気がしました。ただし、油断は禁物。マラソン選手はようやくスタジアムに入ってゆきます。6時35分、痛みが増えたとのお電話。今度は2%カルボカイン5mlを腰椎4/5から追加注入を指示しました。これは基本的に硬膜外麻酔でできる最強の麻酔効力をもたらします。徐々に痛みは軽減してゆきます。もう赤ちゃんの頭は股の間にずっと見えています。もう一声だ。スタジアムの最終コーナーを回ってゴールは目前。ここで伏兵が登場します。モニターの変化が徐々に出てきました。遅発性一過性徐脈という厄介なタイプで、赤ちゃんの状態がよくありません。この時期によく出るよくない心拍変化の一つです。ゆっくりはできません。お母さんに酸素を吸ってもらいますがなお効き目はありません。お産を先に進めよう。数回いきんでもらいますが、頭の位置はびくとも動きません。もう待てません。吸引カップという柔らかいラッパ型の機材を用意してもらいすぐさま吸引分娩を行いました。幸い一回の吸引でスムースに赤ちゃんの頭が出て、お産はあっけなく終わりました。

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(↑)吸引分娩のイメージ。吸引カップは柔らかいラッパ型のもので、赤ちゃんの頭を陰圧の力で穏やかに吸い出す仕組み。院長はかつてこのラッパを吹いて使ったが、吸って使う日が来ることは完全に想定外。

ぎゃーともうぎゃーとも聞こえる声は、でもまだ本当のゴールではありません。胎盤がつつがなく出て、怖いのは会陰部や膣、子宮の傷です。急いで吸引分娩で出てきたお産は後々深刻な深い裂傷ができることがあり、要注意です。会陰切開の傷は幸いにも浅く、出血は思ったほどではありませんでした。吸収糸(とける糸)2-0バイクリルと3-0モノクリルを使い間もなく縫合は終了。抜糸不要の手法で終わりにできました。3286グラム、女の子。アプガースコア9点、10点(1/5分)UApH7.344←出生時の成績も大変優秀という数字です。

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(↑)後日沐浴でくつろいでいる様子。最初の超音波写真でも、この写真でもゆったりして見えるのは悪しきこの世の空気と離れ、ぬるま湯につかっているせいかも。健やか為れ。赤ちゃんの頭の大きさは最大で102mm。骨盤の一番狭い場所との差は117mm-102mm=17mmだった。ぎりぎりセーフ。

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専属コックが作り上げた豪華フルコース朝食セット一式。すべて英国王室御用達の食材で作られる。質素ではなく、心は豊かだ。と主張。ぎりぎりアウト。(のイメージ)

赤ちゃんの診察を終え、時刻は午前7時15分。朝食が待つ頃です。顔と手を洗いキッチンに行くとうまい具合にパンが焼け上がったところでした。コクのある牛乳を飲み、イチゴジャムの甘さにエネルギーが満ちてくる充実感を感じ、また新たな一日が始まりました。

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(↑)院長自宅ダイニングキッチンから眺めるプライベートビーチ(目を閉じると浮かぶ、のイメージ)

 

(この内容は事実に基づき書かれています。しかし、本人のプライバシー保護の点より一部に脚色をしております。固有名詞は仮称であり、内容、日時等は多分に誤差を含みます。ご了承ください。)

 

ケースその3

妊婦さんのお名前は吉永小百合さん、35歳初産婦。

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(↑)吉永小百合さんのイメージ

平成26年某月某日当院へ受診されました。現在に至るまで特に問題となる病気もありません。身長168cm、体重65Kgとがっちり型。職業中学校教師。超音波検査で赤ちゃんの心拍動を認め、頭臀長より妊娠8週0日と計算されました。

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全長14mmの赤ちゃん
右は8週胎児のイラスト。(出典ラングマン人体発生学第10版P145)

赤ちゃんのすぐ脇に直径約2cmほどの不整形の血腫を認めるのが気になります。高年初産婦さんの一般的注意点をお話しし、更に子宮の中で出血していることもあり、無理をしないように、なるべく安静にしたほうがよいでしょうとお話しをします。血液検査でも特段の異常はなかったためこの日はお帰りになりました。その後は妊婦健診を定期的に受診し、安静が功を奏したのか問題の血腫は消失しました。平成27年1月初旬、10か月に入り、目標としていた体重プラス7Kgを超えプラス約10Kg、74.9Kgとなってしまいました。栄養指導を受けてもらい、とりあえずこれ以上体重が増えないことを目標にしました。高年初産、肥満と難産のリスクが現時点で2つ重なり、そのため難産に備えて慎重に健診を進める必要があることをお話しし、しかも無痛分娩も希望されていることもあり、念のためMRIでの骨盤計測を受けてもらいました。恥骨と仙骨の間で最も狭い場所は120mmで赤ちゃんの頭の最も大きいサイズはこの時点で88mm。差は32mmあり、一応サイズ的には合格です。頭の下がり具合もまあまあで、着々と10か月は進んでゆきます。1月23日、妊娠38週を超えたこの日、妊婦健診で推定児体重は2857グラムと順調でしたが、その後の胎児心拍数図(モニター)検査で問題発生。軽度な遅発性一過性徐脈を認めました。

 

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(↑)上のギザギザが赤ちゃんの心拍数、下の波がお母さんの子宮の収縮状況=おなかの張りを示す。
子宮収縮の後に胎児心拍数が遅れて低下している。

このタイプの徐脈は場合によっては赤ちゃんの状態に重大な結果を生じかねない様子を示すものと認識されています。大変不安な様子の本人には申し訳ないもののモニターの示す意味を少しづつ説明し、その後もう一度検査をすることにしました。再検査では異常所見が全くありません。このような場合、入院し、さらなる厳重な経過観察するという方法もありますが、この日は帰宅としました。その代り念のため、翌日、翌々日と朝の9時に朝食を取らずに来院し、モニター検査を受けることにしました。幸いその後のモニター検査では異常を認めることがなく、翌々日のモニターを見ながら杞憂だったかと一安心し始めたころスタッフよりいぶかしげな電話を受けました。この日はちょうど日曜日で焼き立ての食パンにかぶりついていたのですが、スタッフによるとなんでもこの日初めて妊婦・吉永小百合さんと当院へいらっしゃったご主人がスタッフを質問攻めにしているらしいとのことです。この検査の意義は何だ、なぜ毎日来る必要があるのか、先生がいないのになぜ来る必要があるんだ、院長から直接話を聞きたい、そもそもどうせ院長はいないんだろう、等々。妊婦ご本人とご主人で不安炸裂。気のやさしいムーミン型のスタッフは短時間に散々言い負かされてしまいました。これは大変、かじりかけたふっくら食パンを残し、すぐさま病室へ駆けつけました。

 

imageムーミン公式サイト「AllThingsMOOMIN」より

半泣きのムーミンと一緒に不安と不信の夫婦コンビへもう一度順を追って現状をゆっくりお話しました。タコ入道のようだった怒りのご主人は話の内容をご理解したのか、いないはずの私がいてびっくりしたのか少しづつおとなしい生徒のようになり、肝心の吉永小百合さんも最後には「改めて説明していただいて本当によく分かりました。」と一定のご理解を得た様子です。なんでも周りの人たちにいろいろ言われ、本人の不安が頂点に達していたとのことです。その後もきちんと妊婦健診は続き、モニター検査でも異常は出ませんでした。ご本人の不安は幸いおさまり、相変わらず大きなご主人は外来にはこれませんでした。よっぽど忙しいのかな。最終的には妊娠40週4日、推定児体重3160グラム、妊婦の体重は74.6Kg。子宮口の状態は閉鎖しているもののそこそこ柔らかく、一応赤ちゃんの頭は固定しています。

翌々日の妊娠40週6日の午後に管理入院しましょうとお話をして健診は終了となりました。

翌日妊娠40週5日、深夜22時25分陣痛があり入院となりました。子宮口は2cm、柔らかく頭は固定しているもののあまりまだ下がってはいませんでした。いつものようにお産前の準備を進め、赤ちゃんの様子はモニター検査で早速調べます。見たところ異常はなし。無痛分娩の希望があり、硬膜外カテーテルを胸椎12/腰椎1と腰椎4/5の二か所に留置します。背中を触っているうちに気が付きましたが、背中のお肉が大変厚く、おまけに固くて背中の骨の位置がなかなかわかりません。何とかだましだまし終わらせましたが、ある不安が私の薄い脳裏をよぎりました。背中のお肉が厚い人は産道のお肉も同じく厚いのだと。「出発進行!」ではなく「出発注意」です。無論無痛分娩はまだ開始しません。しばらくは陣痛間隔が7分おきと弱めの陣痛が続きます。訪室すると決して楽なわけではなく、「時間はあいてますが痛いです。」とのこと。じりじりと夜は更けてゆきます。ちなみにこの時の担当スタッフは先日のムーミン君でした。ご主人は同じ病室で寝ていて、おかげで何も言われていないとのこと。

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(↑)夜更けの控室から眺める院長専用プール(のイメージ)

翌朝5時ちょうど。陣痛は4分間隔になったものの子宮口の所見は同じで滞り気味。ご本人もだいぶ疲れが見えています。微弱陣痛と診断し、安眠中のご主人も起きていただき現状をよくよく説明します。その後陣痛促進剤を規定通りの分量で開始しました。7時00分、ようやく陣痛は有効となり子宮口は3cm、待望の無痛分娩が始まりました。血圧の変動を避けるため、まずは膠質液、古くは代用血漿と呼ばれる「サリンヘス」500mlを急速投与しつつ、軽めに局所麻酔薬0.2%アナペイン5mlを腰椎4/5から注入の指示をしました。念のため手術分娩室へ移動しての施行です。もう10分経っても激痛か、まったく痛みが消えるか、子宮口が5cmを超えるようなら報告するようさらに付け加えるのも忘れません。正確に10分後まだまだ痛いとのこと。今度は胸椎12/腰椎1の方から同じく0.2%アナペイン5mlを追加投与しました。すると、今度は有効打のようで痛みは徐々に減ってゆきました。8時10分、またまた痛み増強のコール。0.2%アナペイン5mlを腰椎4/5から再度注入。痛みは軽減。この時点で子宮口は7cmに開き、頭の下降はステーション0という、出口まであと4~5cm下がればよいというポジションになりました。弱いアナペインで痛みが取れるなら次には携帯ポンプを使い持続投与しようかと思い始めました。そうこうしているうちに外来開始時間の9時00分になりました。子宮口は9cm、我慢できるが6割がたの痛み(6点)なので痛みどめ追加の要望あり、今度はもう少し効力の高い局所麻酔薬1%カルボカイン5mlを腰椎4/5から注入しました。期待通りその後はさらに痛みが減りましたが、まだ多少痛いとのこと。一気にここまで進んだのでもっと積極的に痛みを減らそうと思い、次は1.5%カルボカイン5mlを腰椎4/5から注入しました。痛みはさらに減り、もう気にならないとのことです。10時10分、子宮口は完全に開き、頭の位置はステーションプラス3、つまり、あと2cmほど下がると、出てこられるという場所まで下がってきました。しかし、頭の向きがいけません。この場所であれば赤ちゃんの顔が真下、地面側つまりお母さんの背中側を向いていていないといけません。赤ちゃんがきゅっと自分の顎を引き、自分の顔をお母さんの背中側へ向けることで、狭い産道の抵抗が最小限になります。この時の赤ちゃんの向きは残念ながら天井方向、つまりお母さんのおなか側を向いています。回旋異常と呼び、難産の要因の一つです。基本的には自然に治ってくれるまで経過を見守るしかありません。もう少し陣痛が進めば頭の向きがよい方に戻るか、よい方に戻って陣痛が進むか、いずれかです。10時15分、今度はモニターにわずかですが遅発性一過性徐脈を数回認めました。赤ちゃんの状態がいわば黄色信号を示しています。陣痛促進剤を一時中止し、お母さんへ酸素を大量にマスクで吸入し、体の向きを変えます。こうすることで赤ちゃんの血の巡り具合を少しでも改善させようというやり方です。幸いその後赤ちゃんの心音は落ち着き、陣痛促進剤の投与を再開しました。10時45分、今度は陣痛の間隔が1分30秒となってきました。陣痛促進剤を使っている場合、陣痛間隔は2分を下回ってはいけません。強すぎる陣痛は赤ちゃんによくない影響を及ぼすとされ、一種のスピード違反です。少し陣痛促進剤の点滴スピードを緩め、陣痛間隔が2分を上回るように調整します。11時05分、破水をしたとのコールがあり、診察へ。きれいな羊水が大量に流れ出てゆきます。子宮口が完全に開いてから1時間が経過しています。この時点で相変わらずステーションはプラス3にとどまり、向きも依然ほとんど同じでした。赤ちゃんの頭の向きは通常赤ちゃんの頭の真後ろ、後頭部に小泉門という窪みがあり、そこを時計の文字盤にたとえて何時方向かで言い表します。この時は5時方向です。最良の12時方向から比べ、ほぼ正反対です。おまけに産瘤という、頭の表面にぶよぶよしたむくみもでき始めています。うーん、何とかならないかな。待つしかありません。痛みが落ち着いていることがせめてもの救いです。12時00分になりました。いよいよ痛みが増してきたとのことです。今度は最強の2%カルボカイン5mlを腰椎4/5から注入しました。所見はまったく進んでいません。唯一小泉門の向きが4時方向へ回りかけているくらいです。初産婦さんの場合、基本的には子宮口が完全に開いてから2時間以内に出産することが望ましいとされています。子宮口が全開大になっている時間は母児双方に大変な負担をもたらすからです。悪影響の詳細は書きませんが、2時間しても生まれてこない場合、このまま永遠に生まれてこないことも視野に入れ、対策を講じないといけません。無痛分娩をしている場合、更に1時間の猶予があるとされていますが、「次」を視野に入れて行動を起こさないといけません。お疲れの様子の吉永小百合さんと不安げなご主人を前に、現状を説明します。既に子宮の出口が完全に開いてから2時間が経過し、これ以上はあまり待てない状況に近づいています、本来向いている赤ちゃんの頭の向きが反対方向、回旋異常という状態で、お産が滞っていること、これ以上待っても見込みが薄いようであれば帝王切開手術に切り替えなければいけません、等々。緊急帝王切開手術の手術承諾書の内容もお話しし、下からのお産、緊急帝王切開手術両方に備え準備します。赤ちゃんの頭がある程度下がった位置まで来た場合の帝王切開手術では思わぬ大出血をきたすことがあります。それにも備え、輸液ルート(点滴)をもう一本取ります。貴重な残り時間が1分、また1分と過ぎてゆきます。しかし焦りは禁物です。12時45分、もう待てません。最後の力を振り絞るよう、いきみをかけてもらいます。固い膣壁は少しづつ赤ちゃんの頭に引き伸ばされ、それでも赤ちゃんの頭を押しとどめようと最後の抵抗を続けています。少し指で膣壁に力を入れるともろく裂けそうで、手荒なことはできそうもありません。何回かいきみを入れ頑張っているとじわりじわりと頭が下降してきて、遂に見え隠れする段階、ステーションプラス4に下がってきました。頭の向きも幸い小泉門が1時方向へ回ってきました。このあたりで限界でしょう。時間は13時00分ちょうど、全開して2時間50分、吸引分娩を試みます。吸引分娩は頭の下がりが滞った赤ちゃんの頭をそっと引っ張って外へ引き出す簡便な手法ですが、逆に吸引力はそれほど強くありません。ポンと外れることもあり得ます。特に産瘤ができた、頭が平らでない場合、外れやすくなります。この赤ちゃんがまさにそうです。また、赤ちゃん的にも最後の力を振り絞っている不安定な状況のため、吸引分娩がうまくゆかずそのまま出てこられない場合、更に急速に状態が悪化します。その場合に備え必ず鉗子分娩(かんしぶんべん)や緊急帝王切開手術の準備が必要です。せめて鉗子分娩にとどめたいところです。

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(↑)鉗子分娩(かんしぶんべん)のイメージ。吸引分娩と違い、赤ちゃんの頭を強力にこの世の中に導く。吸引分娩で出てこられない赤ちゃんは急速に状態が悪くなり、更に鉗子分娩を重ねることは実質的に困難で、緊急の帝王切開手術へ即刻切り替えることが妥当。ちなみにこれはイメージなので実際とは違う。

スタッフに念のため鉗子の用意をしてもらいます。さらに緊急の帝王切開手術にも備え、別のスタッフに手術用具を開かせ、手を洗ってもらい、もう万全の体制です。自分も手術着に着替え、心を落ち着かせます。せーの、の掛け声とともに渾身の力を振り絞ってもらいます。幸いなことに2回目の吸引で大きな赤ちゃんの頭が吸引カップに引っ張られ明るいこの世に出てきました。すぐに体も出てきてギャーッと叫び声をあげています。へその緒を処理し、胎盤が出て次は傷の手当です。難産だったせいか、子宮の収縮が弱く出血量はやや多めです。子宮収縮剤を追加投与し、子宮をマッサージします。まずは子宮を収縮させ出血を止めることが肝心です。更に膣壁の一部は豆腐のようにふやけ、会陰切開が延長して裂けた裂け目や、更に別の奥の裂け目から盛んに出血をしています。あせらず、でもスピーディーに吸収糸2-0バイクリル、所々1-0バイクリルでどんどん、かつ丁寧に傷を縫い合わせ、ようやくすべてを縫い終わってほっとした時は時間が30分も過ぎていました。痛みを全く感じない点が幸いです。仕上がりはとてもよく、見た目の切開後も数センチの傷の範囲です。吸収糸3-0モノクリルで皮下埋没縫合という抜糸不要の縫い方で終えました。冷や汗と脂汗、中年汗で曇ったメガネをティッシュペーパーできれいにし、元気な赤ちゃんの顔がますますはっきり見えるようになりました。3128グラム、男の子。アプガースコア8点、10点(1/5分)UApH7.306←出生時の成績も大変優秀です。強くて、優しい青年になってください。4日後、吉永小百合さんは足取りも確かに母児ともに元気で退院されました。

image(←)1か月健診時の様子。やさしい母の手とともに。

(この内容は事実に基づき書かれています。しかし、本人のプライバシー保護の点より一部に脚色をしております。固有名詞は仮称であり、内容、日時等は多分に誤差を含みます。ご了承ください。)

安産線「安産」行き特別急行列車「深夜」の道のりもだいぶ進んできました。最初は順調に進んでいたのに途中で揺れが大きくなったり、機関車のパワーが下がって時々徐行運転になってしまったことは大変申し訳ありませんでした。でも目的地は着実に近づいています。ここまでを振り返り、皆さんはもうお気づきだと思いますが、お産は安産だけではありません。難産もあります。どのようにしてそれぞれの関門を通り抜けてきたかを短いお話でご紹介しました。私にとってどの様なお産にも善悪、良否、出来不出来の区別はありません。あるいは意識的にしないように心がけています。念のために言うと自己、ないしチームに対する個々の医学的評価は全く別に存在します。ここでお話しするのは医学的評価とは別にお産に点数をつけようとする方々がいるという事実です。これは良いお産です、自然なお産ですね、と。ある意味それは頑張っている、ないし頑張ったお母さんへの最大の賛辞となり、励ましともなります。しかし、それは取りも直さず大汗をかいて遠回りをしながらなんとかお産になった方々もいますよという想いを慎重に配慮した上でお話しすることが大切です。「よいお産」の言葉がお産の結果ではなく、目標になり、義務だと容易に思い始めてしまうことがよくよくあり得ます。自分たちの気持ちに正直な人間にとって更に信じやすい思考パターンでもあります。この職業に従事する新人の医師、助産師に筆者はなぜこの仕事を選んだのか動機をよく聞きます。ほとんどの方で「新しい生命の誕生に立ち会いたいから」「お産を取りたいから」と答えます。私もその一人でした。しかし、純粋な心の持ち主の彼ら、彼女たちのかなりの割合の人がこの出産に立ち会う職場からいつのまにか去ってゆきます。彼ら、彼女たちにとってお産に立ち会うとは即ちよいお産に立ち会うことで、よくないお産に立ち会うことは想定外だったのでしょう。実際にお産をされるお母さんは、もう少し慎重です。「自然なお産」のみをアドバルーンに掲げている病院、医師、助産師は、あまり信用されていません。妊婦にとって自然なお産か、不自然なお産かは興味の対象外で、彼女自身にとってよい結果が生まれることが第一なのです。医療従事者によい思いをさせる事が出産の目標ではないことをよく理解しているのでしょう。

話が脱線気味です。人類にとっての「安産」は年々少しづつ、あるいは見方を変えると急速に遠ざかっています。更にそれを上回る速度で産科医療の技術が急速に複雑、高度化し、結果として過去より周産期医療の成績は好転しているのです。少し説明が必要です。なぜ安産が遠ざかり、近づいているのか。まずは遠ざかるお話です。

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(↑)厚生労働省の人口動態統計、国民衛生の動向という地味な本が筆者の手元にあります。日本の合計特殊出生率の推移と、欧米各国の比較

この本の統計からわかるポイントは二つありそうです。一つは日本の女性が子供を産まなくなってきているという事、もう一つは子供を産む年齢が高齢化しているという点です。まずは出産数の傾向を見てみましょう。(↑)上の表は合計特殊出生率と言って一人の女性が一生に産む子供の数の平均です。日本だけではなく、欧米各国でもほとんど同じ傾向ですがここ数十年を経て減少一方です。ただし近年イギリス、フランス、デンマークでは少子化対策が功を奏してこの傾向に歯止めがかかりつつあるとのことですが、詳細は省きます。人間らしい生活を送れる先進国の現代女性は人間を産まなくなってきたことがわかります。出生数の減少=初産婦の増加=経産婦の激減です。初産婦は経産婦より分娩難易度がはるかに高いので、残念ながらまずはこの意味で安産は確実に遠のくことになります。

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次に子供を産む女性の年齢を見てみましょう。(↑)上のグラフはお母さんの年齢別に見たここ数十年の出生率の比較です。昭和47年、平成4年、平成24年の3ポイントで比較しています。年を追うごとに赤ちゃんを産むお母さんの年齢が高くなってゆくことがわかります。平成24年の合計特殊出生率の低下は20歳代の出生率低下によることもよくわかります。この統計グラフの解説によると第一子出生時の母親の平均年齢は30.3歳で、昭和25年よりも5.9歳高い、また、結婚後、第一子出生までの平均期間は2.33年で、昭和55年よりも0.72年長い、としています。これらの統計をまとめると近年では出生の動向がさらに少子化、高年齢出産化していることがよく分かります。

そこまではよく分かりました。では、出産年齢の高齢化がどう近年の異常分娩増加傾向と結びつくのでしょう。安産は遠ざかるのでしょうか。実は専門家の中でも高齢化が難産、高難易度分娩と結びつくことを認めたがらない方々は数多く存在します。例えば産婦人科学領域で気軽に日本語で読める医学専門雑誌「周産期医学」2006年1月号の特集は「安全で快適なお産をめざして」副題は「難産対策newstep」とあり、筆者が尊敬する諸先生方がいくつも立派な論文を載せています。パラパラとめくって目についた論文、佐藤章先生著、「高年出産と難産」がありました。欧米各国の数多くの論文をまとめたレビューですがいくつかの視点から高年出産について論じています。確率的に確定されたものをここでご紹介しますがまず、高年出産されるお母さんには20歳台の方に比べて慢性高血圧症合併、糖尿病合併妊娠、子宮筋腫合併妊娠が高率になるとしています。また、妊娠合併症についても骨盤位、常位胎盤早期剥離が増加します。生まれる赤ちゃんへの影響も論じていて、高年出産されるお母さんの赤ちゃんには20歳台の方に比べ染色体異常、染色体異常以外の奇形率の増加、早産率、低出生体重児の割合、巨大児の割合が増加する事を述べています。次の章でかなりの分量を費やして「高年出産は難産になりやすいか?」を述べています。ここでいう難産とは正常分娩に対する異常分娩ではなく、お産が長引いたり、止まってしまう「遷延分娩」、「分娩停止」に的を絞っていることに注意が必要でしょう。さまざまな文献を検討した結果、母体年齢と分娩遷延(微弱陣痛)の関連性は否定的な報告が多いとしています。ただし多くの賛否両論があり、むしろ決着がつかないという様子です。もちろん次の項ではすぐさま「高年齢出産ではなぜ帝切分娩が増加するのか?」といきなり高年出産の異常性を最初から述べ、各論に入っています。この論文(レビュー)の最初から最後まで20歳代のお母さんの出産と高年出産とを比べ、「難産」、その実分娩遷延の点についてのみ明らかな差が報告されておらず、逆にその他の点について高年出産は20歳代のお母さんの出産に比べ一つも利点、よい事を示していませんでした。佐藤先生は「おわりに」でこのように締めくくっています。少し長いのですが引用しましょう。高年出産の場合、分娩第1期、特に活動期や分娩第2期が遷延することが、20歳台より多いことが報告されていたが、最近の報告では、分娩遷延による難産の傾向はあるが、有意な差はないとしている。しかし、高年出産では、胎位異常、糖尿病合併妊娠、子宮筋腫合併が多く、そのため難産になることが多い。また、高年出産では、高血圧症、糖尿病合併妊娠など偶発合併症や多胎、胎位異常、前置胎盤、胎盤早期剥離など妊娠合併症が多く、そのため帝切になる率が高くなっている。それに加え、特に高年初産婦では、貴重児という観点から帝切になっている症例が多い。(以上原文のまま)お分かりの通り、安産の対語は難産ではありません。そもそも医学的に安産の正確な定義はありません。一方難産にはこの論文へ詳しく取り上げられている遷延分娩、分娩停止や巨大児分娩の際に起こる肩甲難産などが正式にはあります。しかし、難産の国語的表現はそこが限界であって、分娩の危険性、異常性、悲劇性など将来起きるかもしれない産科的リスクを的確に医学的に表現しているとは到底思えません。正常分娩と異常分娩という言語こそが正当な医学的評価を行う上で必要不可欠です。出産年齢の高齢化、高年出産では20歳台の出産に比べ異常分娩リスクが増加する、は事実と考えてよいでしょう。この論文の中の一項目のみをさして、なんでも安産信者の方は「高年出産でも難産にはなりません!」と自分に都合よく解釈してしまってはいけません。「安産」の表現は使用してもよいのですが、くれぐれも単独の「難産」という言葉は「自然分娩」と同じく産婦人科学を語るには不正確で混乱を招く言葉です。

 

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(↑)産婦人科学の権威の諸先生も「難産」という日本古来の単語には鋭敏に反応している。実質的にその多くは産婦人科学的には「遷延分娩、分娩停止」、一部に「肩甲難産」などであって、単に時間、疼痛、物理的に正常を逸脱した結果の状態と考えるべき。この難しいお産、難儀なお産だったという過去の結果を示す意味での日本語的、俗語的「難産」と、高年齢出産に高率に伴う、しかも母児へ重大なリスクや結果も伴う「高度産科学的異常」とは一部重複するものの概念的には全く別物である(次章で別記)。産婦人科学の権威を集めた上記雑誌も前者を「難産」と呼ぶ場合と後者を「難産」と呼ぶ場合があり、混用している。副題の下には難産対策newstepと記されている。正しくは高度異常分娩リスク対策newstepだ。リスク概念の有無が国語と医学の違いである。「難産」の解釈に最大限の注意が必要。

そろそろここで「安産」の立ち位置を俯瞰したいと思います。使用注意、使用禁止の「難産」とどのような位置関係なのでしょうか。

おそらくこれは皆さんが漠然と考えている安産、難産の関係図です。国会議員も裁判官も、この図がいまだにしっかりと頭に入っています。この図、概念をもとに助産師制度その他が作られています。約束の地「安産」はすぐそこです。でした。残念ながらこれは70年前までの様相です。生じた結果からお産の分類をする手法です。予防やリスクという概念はありません。自動車にもシートベルトはありませんでした。今までのお話の通り、現在のお産状況には全く不適格な概念です。21世紀には大きく変化しています。それが下の図です。

現代版お産の図(妊娠、分娩、産褥分類概念図; 筆者作)

複雑かつ奇妙で申し訳ありません。筆者の独断で産科医療の世界観を図にしてみました。少し解説が必要です。かつては「お産の図」でしたが、現在のそれはよりカバーする領域が広がり「妊娠、出産、産褥図」となります。次に分類方法です。以前は安産、難産、その他と簡単なベン図で表現できましたが、現在は正常分娩、異常分娩で大別します。正常分娩は上の図の青い直角三角形の領域、異常分娩は大きな赤いしずく型の領域です。大きさ、面積は症例数、頻度を象徴しています。目玉があればまるで妖怪のようです。縦軸に妊婦自身のリスク、横軸には出産時間とつらさの合計をとります。一定以下のリスクと一定以内の分娩時間、つらさを結ぶ線が上図で示される黄色い波線で、いわば安全限界線です。こうしてみると複雑な現代お産事情も多少相互関係が整理されてきました。まずは安産です。どこでしょう。医学的に正確な安産の定義はありませんが、現時点での解釈はつらくなく、短時間で生まれ、医学的にリスクなく、異常のなかった出産でよいでしょう。すると、上の図で青い直角三角形の領域のうち「正常分娩」と書いてあるところとその右、imageがにこにこしている場所となります。イメージ的にはかなり狭い領域です。では、いわゆる日本語的、俗語的難産はどこでしょう。条件は母体リスクや黄色い波線、安全限界線とは無関係で、境界領域、異常分娩の2個の領域に分かれます。横軸が右方へ伸びている下の三本の↑で示した場所となることが分かります。遷延分娩、分娩停止による難産は赤い四角のグラデーションに重なる赤いしずく型領域のしっぽの方となります。リスク概念のないいわゆる「自然分娩」、「いいお産」はどこになるのか筆者は示しません。また、ここではZ軸はありませんが、将来的には必要になりそうです。赤ちゃんのリスク、医療従事者の法的リスク、などこの第三軸はさらに曲者になりそうです。正常分娩、異常分娩やその境界領域をもっと詳しく知りたい人のために教科書的な一覧表を以下に掲げておきます。

表  正常分娩と異常分娩との境界(分娩各因子の正常・異常の区別)

因子 正常 異常
境界部分
母体の全身状態 良好 不良
分娩の時期 正期産 過期産 流産・早産
児の数 単胎 多胎
児の発育 成熟 子宮内発育遅延 低出生体重
分娩時の胎位 頭位 骨盤位 横位・斜位
児頭の回旋 前方後頭位 いわゆる回旋異常 分娩停止を伴う回旋異常
CPDの有無
胎盤付着部位 子宮体部 低置胎盤 前置胎盤
分娩開始 自然 陣痛誘発(社会的適応を除く)
陣痛 順調 微弱・過強・痙攣陣痛
破水 適時 早期破水 前期破水
臍帯の下垂・脱出
分娩状態様式 自然 人工(吸引・鉗子娩出術、骨盤位牽出術など)
非経腟
経腟
胎盤剥離 自然 陥頓・癒着・早期剥離
軟産道 開大順調 強靭
分娩所要時間 初産30時間未満経産15時間未満 急産 遷延
分娩時出血量 500ml未満 500ml以上
母体の損傷 会陰切開会陰裂傷第2度まで 頸管裂傷・子宮内反症
子宮破裂・会陰裂傷第3度以上
児の障害 胎児・新生児仮死の状態による障害ないし死亡

出典:周産期医学2006年1月号「難産について考える」本多洋より
一部改編(色分け等)

(↑)産婦人科医師は上の表の黄色、赤領域に常に注意を払う義務がある。常にそのストレスにさらされると逆に顔色は青ざめてくるから不思議だ。

固いお話で寝心地がよくないといけません。では約束の地「安産」は遠ざかる一方なのでしょうか。今度は逆に安産が近づく方のお話です。先に述べたように高年出産の増加とともに異常分娩リスクは増大しています。にもかかわらず、赤ちゃんやお母さんがにこにこして暖かな家へ帰る確率は近年確実に増加しています。出産後のお母さんや赤ちゃんの良くない様子、いわば事故率ともいえる「妊産婦死亡率」や「周産期死亡率」は近年著しく減少中です。成績優秀と言ってよいでしょう。矛盾した話で分かりづらいですね。なぜ出産の成績は良くなっているのでしょう。それはいわば「安産」の地は遠ざかっていても人類は馬や自動車、鉄道、遂には航空機を利用、発明し、必死になって実質的な到達時間を短くするという離れ業を成し遂げているからなのです。別の言い方をすると矛(ほこ、槍のような大きな刀)で突いてくる敵兵がどんどん増えてきたのに、頑張って盾(機動隊のお巡りさんが持っているようなもの)を強化してなんとか矛を防いでいる状況です。盾の内側では赤ちゃんやお母さんが寝ています。分娩リスクを限りなく正確、早期に発見、評価し、重大な結果を未然に防ぐ努力行動の結果が「妊産婦死亡率」や「周産期死亡率」の低減なのです。

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(↑左)フォードモデルT(1909年アメリカ)トヨタ博物館ホームページより
(↑右)多用途ヘリコプターUH-1J(1958年アメリカで原型機初飛行)陸上自衛隊ホームページより

(↑中央)ボーイング787(2010年ころ、アメリカ)ボーイング社ホームページより。人間の一生より短いわずか約50年毎でも科学技術は大幅な進歩を見せる。この爆発的ともいえる急峻な進歩は人類史上かつてなかった。同じ乗り物でも難易度、操る人の養成時間、操縦資格はまったく違う。上から順番に産婆さん、昔のらくらく産科医師、今のへとへと産婦人科医師の違いか。


(↑左右)上の二つは「妊産婦死亡率」と赤ちゃん(新生児)の死亡率「周産期死亡率」です。成績優秀と思いますが両者とも決して「事故率ゼロ」にはなっていないのが怖いところです。人類の難産化、それは使用禁止だから人類の異常分娩増加傾向、女性骨盤形態の出産非適正化などハイリスク傾向はこのままではさらに高くなってゆくことが予想されます。航空機にジェットエンジンを付け、遂にはロケットエンジンを取り付けても更に約束の地「安産」が遠ざかってゆくと、もう我々には打つ手がありません。相手が矛ではなく戦車砲になるとどんな盾でも防ぎきれません。皆で知恵を絞るのは今こそだと思います。

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(↑右)三菱H-ⅡAロケット15号機三菱重工ホームページより乗り心地悪そうだ。操縦したくない。途中下車もできない。出産にカウントダウンがつくほど難易度が上がれば、その人種はクロマニヨン人と同じ運命をたどる。

では、現代のお産はハイテク装備の楽ちん飛行機、厚い装甲に包まれた頑丈な戦車で、産科医師達は気軽にそれらを乗りこなしているのでしょうか。決してそのような甘い状況ではなく吹っ飛んでゆくロケットの先端にしがみついているような惨状です。日本産婦人科医会の記者懇談会用資料を借用して説明しましょう。

(↑)産婦人科危機再び?日本産婦人科医会勤務医部会中井章人、関口敦子先生より
(↑)上のグラフはここ数十年の産婦人科医師数の傾向です。産科を取り巻く状況はますます混乱、複雑化していて、出産数の減少以上に産婦人科医師の出生数あたりの割合(比率)が大幅に減少し、近年何とか微増に転じ始めたところです。赤い点線で示します。一般の方にはわかりづらいのですが、産婦人科医師はみんながみんなお産を扱うわけではありません。産婦人科新人医師のほとんどは大学の産婦人科教室(産婦人科医局)に入局して希望あふれるスタートを切ります。入局後数年ないし10年以内に産婦人科内のさらなる専門分野を絞ってゆきます。大きく分けると産科(主にお産関連)、腫瘍(婦人科関連)、リプロダクション(主に不妊症)の3つです。後ろの2分野はお産を扱いません。いずれかの専門分野に基づき勤務をします。それら一つ一つの専門分野が一生をかけても求め切れないほどの奥行き、深さがあります。能力のある大学教授だと3分野を極め平気で掛け持ちしますが例外を除き通常このうち2つの分野を掛け持ちします。2つでも精一杯です。

(↑)産婦人科医師の勤務状況は一見複雑です。わかりやすく産婦人科医師勤務内訳図を作りました。見てみましょう。注意点は一番上の産婦人科医師①は=産科(主にお産関連)、ではないことです。婦人科医師②=腫瘍(婦人科関連)、婦人科医師③=リプロダクション(主に不妊症)は正解です。本当は産婦人科医師①=産科(主にお産関連)+腫瘍(婦人科関連)、場合によって+リプロダクション(主に不妊症)となり、②.③と比べ守備範囲、仕事量が広範、膨大になり、これが大きな特徴です。まずはここを把握しましょう。さて、この勤務状況は医師の年齢により大幅に変化します。


(↑)産婦人科危機再び?日本産婦人科医会勤務医部会中井章人、関口敦子先生より

(↑)上のグラフを見ると産婦人科医師でもお産を扱う女性医師の先生がある時期を境に一斉に急減します(赤く、長い棒)。今や産婦人科医師全体の6~7割は女性です。ところが主力と思われたこの多くの若い女性医師たちは結婚、出産を機に一斉に分娩を扱わなくなるのです。今風に言うと産科は卒業です(この女性医師はどこへ?)。つまりお産を扱わない②③婦人科専門の医療へ移行します。当たり前ですが専門分野を決めた後の勤務状況の選択は原則完全に自由です。ここが世界の七不思議ですが、①産婦人科医師に留まるも、留まらず②③婦人科医師へ移行するのも全く自由です。自由すぎて涙が出るほどです。産婦人科医師数は全体で減少、ないし何とか持ち直して微増、その中で最後までお産を扱うのは先細りの①産婦人科医師=(哀れな)男性産科医師、という構図が最終結論です。お産は医療従事者側にとっても気楽な仕事ではない証拠です。他の内科系、眼科や皮膚科系の医療には見られない特有の現象です。後世の医師に「あの時代の産科医は鬼門だったね」と言われないようにしたいところですね。

数年前ですがぎりぎりの最前線で踏みとどまっているこれら周産期医療の人々に、後ろから熱い銃弾を撃ち込んできた方々もいました。ただでさえ過労死認定基準を超えているというのに。
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(↑)Model29-S&WClassics-61/2”-Blue$116900MadeinUSAS&Wホームページよりハリーキャラハン刑事が愛用する大型拳銃。筆者の後頭部にマグナム弾を撃ち込んだのはこの銃だ。撃たれる寸前、キャラハン刑事が「このウジ虫どもめ!」と背後でつぶやいたのが脳裏に残る。そんなに俺たち産婦人科医は悪いのか。よっぽどダーティーなのか。(のイメージです。)

2件ありましたが、筆者はそれらの恐怖を今でも覚えています。その時は本当に自分も出産現場から足を洗おうかと本気で考えました。残念ながらその2つの事件を契機に多くの有能な産科スタッフがただでさえ人手不足の現場から撤退してゆきました。これ以降産科医療の崩壊の危機が一層取りざたされるようになってしまいました。多くの方が多少はご存知だと思いますが、一つ目は福島県立大野病院で発生した産婦人科医師逮捕、拘留事件です。前置胎盤、癒着胎盤という重い合併症を負った妊婦さんが不幸にして手術中出血多量で亡くなわれてしまいました。警察、検察は医師の過失を責め、禁固1年の求刑を行いました。判決は無罪で、つまり冤罪でした。この時はさすがに日本産婦人科学会やその他日本中の外科系学会が警察、検察の主張に対し真っ向から反論し、医師の個人責任を否定しました。極めて重い合併症を背負った妊婦に対し、自分は手術せず関与しなければよい人、救おうと積極的に立ち向かっても結果が悪ければ刑事事件で犯罪者になる、この思考法を外科的、産科医療の世界に持ち込むことは間違いです。その考えに従えば不確定要因の多い医療、特に産科、外科、救急医療現場で夜も寝ずに薄給、無休、労働基準法外で献身的に患者を支えている方々は櫛の歯が抜けるように居なくなってしまいます。事実産科医療はかなりの病院で崩壊しました。二つ目は看護師内診事件です。一件目とほぼ同時期になりますが、厚生労働省の看護課長がある通達を出しました。それには何と今まで全く問題のなかった看護師による妊婦への内診(お産の進み具合を調べるため、膣より指をそっと入れて、子宮口の開き具合等を調べること)を禁止するとのことです。では、そうするとそれ以外に内診をするのは実質的に医師か、助産師に限られます。通常の勤務時間帯でさえ外来、手術と目の回る忙しさの医師には妊婦にずっとつきっきりで内診したり、お世話をすることはできません。助産師の数が十分定数を満たしている大病院なら助産師がきっちり活躍するところです。しかしながら、夜勤帯、つまり1日24時間のうち16時間すべて、365日1分の隙も無く助産師を配置することはよほどの大病院でない限り不可能です。多くの中小病院、産科診療所では助産師が不在時には看護師が内診をして医師へ報告をするシステムになっています。ところがこのシステムをある日、この看護課長は突然完全否定してきました。十分な助産師の定員を抱えた一部の大病院以外、途方に暮れました。ただでさえ過労勤務でフラフラな産科医師を一晩中妊婦に立ち会わせ、翌朝もお決まりの重労働荷重勤務をさせようにもできませんでした。多くの中小公立病院は労働基準法に守られた助産師を完全な3交代勤務ないし2交代勤務で埋めることができず、産科病棟を閉鎖しました。これを機会に多くの産科診療所も閉院に追い込まれてしまいました。それでも何とかお産を守ろうと、看護師が内診をする病院を悲劇が襲います。ほぼ同時期に日本国内3か所で警察官を多数動員し、これらの病院に家宅捜索が行われました。内診行為がそんなに危険なのか。内診行為は医師法によっても医師の指示の下で看護師が行うことは認められており、実質的にも妊婦への危険性は全くありません。むしろ明示的に看護師に認められている静脈注射や直腸へ薬剤を投与する行為の方がよっぽど危険です。更に、産科で行う内診は婦人科で行う病気を発見する為の両手を使う本気の内診とは違い片手で済む性格のもので、少し訓練すればある程度分かるようになります。熱のあるわが子の額に手を当てるお母さんの行為と大同小異です。どうしてこの看護課長は全く意味不明なこの通達を唐突に出したのでしょう。この決着は意外と早く、裁判以前に検察庁の検討段階で終結しました。すべて不起訴処分です。有罪にする根拠が全く見つからなかったのです。強制捜査をした病院への謝罪はありませんでした。強制捜査を大々的に報じた大新聞も、不起訴の記事はこれ以上小さな記事はないというほど小さな扱いか、または無視でした。後で知ったのですが、この時の看護課長はとある助産師会団体の元会長で、看護師に内診を禁止させることにより助産師の病院内での立場、社会的立場を有利にしたかったのでしょう。その後公的に看護師の内診を認める、課長通達より上位の医政局長通達が出たことで決着を見ました。この事件の後、助産師の不足がかえって注目を浴び、恣意的とも思われる助産師養成数の少なさは逆に徐々に上昇に転じることになりました。この事件は単なる内ゲバ的階級闘争だったと今では結論できます。この手法、今ははやりませんよ。

昭和の秀才を集めた日本陸軍参謀本部は米英中蘭を同時に敵に回し、大日本帝国を破滅に導きました。同じく日本海軍軍令部は巨大戦艦を建造し、防弾装備のない爆撃機を量産し続けました。戦艦大和の防御鋼板は世界一の厚みを誇り、急降下爆撃機の命中率は一時期87%にもおよびましたが、負けました。戦略的思考がなかったため局地戦では勝っても結局は敗退に追い込まれてゆきました。

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われらが雄姿戦艦大和

超の付く秀才でも各論に優れた大勢の秀才に囲まれて戦略的思考を唱えることは難しいのでしょう。結局残念ながらこれら超秀才の誰もが昭和15年の時点でたった5年後の昭和20年の大破局を予想できませんでした。翻って21世紀の現代。私は超超の付く天才、秀才の先生方と短くない間大学病院、関連病院で寝食を共にしました。親切に教えていただいた元教授、先輩方をはじめ今でも心から尊敬する医師が数多くいらっしゃいます。産婦人科学会でも多くの優秀な人材をお見かけします。今まで見たこともない優秀な後輩と幾人も出会いました。ちなみに私は超の付く凡才です。これだけ多くの人材がそろっても残念ながら産科周辺の事態は悪化しています。諸先生方は教科書や論文も書かれていて、述べる論理は明快、教訓、論理的で非の打ちどころがありません。お産でウロウロしている私が描くような駄文で筆を汚すことはあり得ません。しかし、一歩引き下がり、お産の状況をどのように改善したらよいか、皆でゆっくり考える思考を養いたいところです。戦術だけでは戦争に勝てないのはもう十分身に染みています。戦艦だけが戦力ではありません。小さな駆逐艦や、目に見えない潜水艦、発想を変えて航空母艦も戦力の一部です。日本の周産期医療は若い医師や情熱ある助産師が興味を失いつつある状況です。目を背ける、という言い方はきつ過ぎでしょうか。駆逐艦や巡洋艦が次々と失われ、航空母艦は修理中の状況です。規模からいうと戦艦、巡洋艦は大学病院、航空母艦は公立病院、駆逐艦は産科開業医ですね。軍令部は厚生労働省、連合艦隊司令部は日本産婦人科学会です。護衛する輸送艦はもちろん妊婦さんです。味方だと思った潜水艦が実は国籍不明の怪しい潜水艦かもしれません。マスコミは大本営発表です。真犯人は輸送船に潜む元タレントの高年妊婦かもしれません。産婦人科医師の成り手が少ないので歯科医師のように産科医師を別枠で作り、しかもそれを専門学校で養成したらどうか、という案が以前出ていました。お産の報酬を出来高払いだと信じている役人根性丸出しの名案です。お産の報酬は目に見えないリスクに対する対価なのです。川端康成の文庫本も、白紙のメモ帳も同じ重さなら同じ値段だと信じる人=唯物史観の役人にはお産を語ってほしくありません。誰が敵なのか、本当に守るべきものは何か、現在と未来の状況をしっかりと把握しないといけませんね。

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終着「安産駅」の灯が彼方に目えてまいりました。特別急行夜行「深夜」にご乗車の皆さまはもう少し、安眠をされてください。心安らかに安眠を取ることが終着「安産駅」へ穏やかに到着する秘訣です。お困りの方は乗務員に何なりとお申し出ください。なお終着駅到着後は皆様に人生最大の贈り物が届く予定です。いましばらくお休みください。

平成27年3月、三寒四温で猫がうるさい夜に。