骨の折れる話

―――白昼夢を見た腕の悪い医者がわざわざ語る

 

 

 

春はすぐそこに

 

 

骨の折れる話。

―――白昼夢を見た腕の悪い医者がわざわざ語る

医療体験エッセイスト 千成表太郎 Hyotaro SENNARI
共著 清兵衛 Bay SEI

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プロローグ

それは突然に降りかかった。気づいたときには何が起きたか不思議とすぐに理解した。「折れた!」。骨が折れた瞬間から入院、手術、退院し再び自宅の玄関へたどり着くまで5日。わずか5日間だがその衝撃度と深刻さは馬の年齢を重ねた自分の人生でも群を抜く。恐怖の転機。晴れた魔の5日。そうだ。晴天でも雷は落ちる。しかも短時間で大小何度も。最終日にはついに見てはいけない白昼夢にも襲われた。被雷の衝撃で脳のブレーカーは溶け落ち、ショートし、期せずして徐々に奇妙な回路が作られてゆく。それから約3か月。ひねた回路の知性はひとりでに語りかけてくる。気付けば春の兆しが悪気もなく訪れる。しかしひねた心はその都度それを無下に追い払い、そんな繰り返しにため息も尽きた。肩の痛みは相変わらず。腕は動かない。つらいリハビリと曇天の冬景色は続き、ついでに気分も悪い。なんとかならないか。いっそ悪いついでにことの顛末をわざわざ思い出し、洗いざらい春の日差しで乾かして浄化したら。悪い膿も綺麗さっぱり青空へ消えゆくかも。折れてひねた心にもリハビリが必要そうだ。やれやれ、骨の折れる話だ。

骨折のイメージ

その後庭で見つけた柿の木の枝。青天の霹靂(へきれき=雷)を浴びぽきりと折れた。ポッキーは食べたくない。

 


令和☓年☓月7日朝より異世界強制リセット

私はクリニックのくたびれ産婦人科医。快晴の休日。妻は早朝から射撃場へ散弾銃の練習へ行き不在。

朝食の写真

この時わざわざ写真に収めた朝食。慣れない食事を作るのはいけない事だ。不吉。
茶色いのは柿。枝をぼきぼき折って収穫したもの。柿の恨みか。

 

不慣れな朝食をなんとか用意し、空腹を満たす。夜半から陣痛が進みつつある初産婦がいて、もうすぐ全開大だ。経過は順調。ふとした野暮用を思い出す。診察室に取りに行こう、そう思い軽い足取りで自室を出る。診察室の前まで来ると年末の大掃除で清掃の専門業者さん達が床を囲い大わらわだ。一人のおじさんに中へ入ってよいか聞く。「いいですよ」愛想の良いお返事を聞き囲いの中に進む。数歩歩いたところで体がすでに横になっていた。倒れゆく感覚がなく、あるのは倒れて左腕が体の下敷きになったあとの感覚だけ。いてー、その瞬間と認識こそ悪意が支配する世界へと強制リセットされた真実の始まりだ。

痛みと後悔

まず思ったのはもうすぐ迎える初産婦の出産だ。順調な経過といえども最低限会陰切開やその縫合などの医療行為が発生する。その後の出血リスクも心配。優秀な助産師がついているが助産師任せにはできない仕事だ。何とか体を起こし、近くの壁際に移動して背中を預ける。そのまま床に座りこむ。優先順位を考えた。左腕が動かないので右腕だけでようやく院内PHSを取り出し、手空きのスタッフを呼び出した。すぐに来る。上半身Tシャツ一枚なのに気づき、上掛けを頼む。寒い。さっそく院内PHSで近くの総合病院F市立病院の産科当直医を呼び出してもらう。割とすぐにつながった。状況をお話しし、もしかすると妊婦さんの救急搬送をお願いするかもしれませんと必死に頼む。断られたらどうしよう、一瞬神に祈るも意外とあっさり大丈夫とのお返事を頂く。救急車での搬送になります、ついでに私も別便で行くかもしれませんとお伝えした。やることはまだある。何とか立てそうだ。でも痛い、腕がぐらぐらして吐き気もする。そういえば昨日買ったメタルラックの部品があったな、長さ30センチでちょうどいい。その頃は知らせを聞きつけすでに隣家の長女がやってきたのでそれを持ってきてもらう。ちなみに長女は助産師で役に立つ右腕だ。折れた左腕に沿わせ右手で強く30センチを添えるとグラグラ感が減り少し楽になる。そうだ、このまま出産を終わらせた後右手だけで何とか会陰切開の縫合が出来るかも、不埒な考えを抱いた瞬間、激痛が走る。神はお見通しだ。諦めて次善の策をめぐらす。

息子よあとは頼むぜ

偶然なことに息子が在宅していることを長女が見つけた。普段はグレーゾーン大学付属グレー病院のブラック産婦人科で当直業務が多く、同居といえども家にいないことが多い。産婦人科医局在籍して1年に満たないが通常のお産であればなんとかできる。ぐらつく腕をおさえつつ今度は救急車を呼ぶ。間抜けな自分の番だ。長女にはとりあえずの身の回り品を頼む。ついでに痛み止めの注射も頼んだ。これで自分はどこかの病院に行くわけだが、それでことは終わらない。この瞬間にも陣痛や破水の電話、性器出血などの問い合わせが来るかもしれない。優秀な息子でもすべてに対応するのは不可能だ。ここ1か月の出産予定はみんなキャンセルしよう、いや念のため2か月がいいか、どこの病院に頼もうか、迷っているうちに救急車が到着し、さっさとストレッチャーに乗せられ車内へ移動する。いつの間にか打ってくれた痛み止めはあまり効かない。救急隊が頑張って受け入れ病院を探してくれるもなかなか見つからない。心配して救急車に付き添ってきた長女にもう一度痛み止めの注射を頼む。いやな顔一つせず優しい長女は頼みを聞き入れてくれる。そうこうしているうちに受け入れ先が決まり救急車は大きく揺れだし出発した。

救急車(東京消防庁HPより)

東京消防庁HPより

救急車爆走す

いたい。自分勝手なもので早く出発しろと思いつつ動き始めるとわずかな揺れでも腕が悲鳴を上げる。苦悶の表情に救急隊が気付き、車内備え付けのシーネをあてがってくれた。申し訳ないことに却って痛みが増す。すみません、本当に申し訳ありません、を連発し、シーネはやめ持参のメタルラック30センチ棒を再び添えて強く握る。ついでに祈る。痛みよ、落ち着いてくれ。脂汗を流し泡を食っているうちに救急車は爆走する。サイレンはやかましい。

裁きを待つ

気づくと救急車は止まり、ゴーっといううなりと共に後部のハッチが開いた。恐怖と後悔に満ちた世界へと強制的に連れ出される。一瞬の光を浴びるもすぐに予定された暗黒世界へ入り込む。奥の救急外来待合室でしばらく待つ。他に誰もいない。静けさがこれからの不安をかきたてる。優しい長女はまだ一緒だ。ついに診察室へ呼ばれる。裁きはこれからだ。のろのろと車いすが押され、柔和な閻魔様の前に引き出される。簡単な診察のあとレントゲン写真を撮りすぐに結果が出た。

病院救急外来

再びホワイトグレーの寡黙な裁判官が口を開く。判決は「入院しましょう。」そのほか手短だが色々お話をして下さるも痛み止めで注意力と記憶力の低下した脳は理解しないまま次のシーンへ飛ぶ。

病室にて記念撮影と計算をする奴

病室は別階の大部屋だった。清潔なスペースの中に幾人かの患者さんがいる。自分のベッドはもっとも廊下側だ。左腕にはすでにきっちりとシーネが固定されていて無理に動かさなければ痛みは最小限だ。親指がしびれる。いつの間にか長女が妻に代わっていた。長女に負けじと劣らず優しい妻だが、容姿も似ているので気づかなかった。ついでに妻は看護師でクリニックの看護師長をしているいわば自分の右腕だ。何本右腕があるんだよ。

病室でシーネ固定中

動けないぞ

ほっとしたところで記念写真を一枚とった。こんな状況で写真も何もないと思ったが物は試しだ。ほっとしたついでに心配事が再び噴き出す。そうだ、さっきのお産はどうなったかな。尋ねると無事終了したとのこと。それからぼやける脳でできる限りの善後策を考えた。まず悪いがブラック長男にはブラック産婦人科医局を1か月休職してもらおう。しかしブラック息子には悪いがそれだけでは心配だ。そうだ、4女がいる。彼女は別の大学の産婦人科医局に在籍し、都内のスーパーホワイト病院産婦人科に勤務している。産婦人科歴はすでに3年以上になる。ホワイト彼女にもスーパーホワイト病院産婦人科を1か月休職してもらおう。2人合わせて何とかなるかも。残念ながらもう一つ別の問題がある。自分のクリニックは昔から無痛分娩を数多く手がけている。優秀だが麻酔科が苦手な彼女に無痛分娩は困難。麻酔科医療は半人前。その点長男はすでに麻酔科を研修医終了後4年履修し、麻酔科専門医の資格があった。時々私のクリニックでも無痛分娩を手伝ってもらっている。なかなかの腕前だ。産婦人科としては半人前だが無痛分娩は1人前以上だ。4女は産婦人科は1人前(以上)だが無痛分娩は半人前だ。ゆえに、((1/2+1)+(1+1/2))÷2=1.5。大丈夫、人並み以上だ。計算上はうまくゆく。今までのクリニックの医療水準を下回らないはず。なんとしても質は落としたくない。やさしい妻に連絡を取ってもらう。なんて奴だ。

病室での記念撮影

夕食は見向きもせずふて寝。罪深い。せっかく持ってきてくれた雑誌も無視。

転院

腕の痛みを我慢しつつ意外と穏やかに翌朝を迎えた。快晴。気づくとすでに廊下がにぎやかだ。年若い看護師が朝食をベッドサイドに置いてゆく。その日のうちに手術を受けたい自分としては朝食をとるわけにはいかない。朝食を摂取したとの理由で受けられるチャンス(=緊急手術)を逃したくない。見つめただけで朝食を見送る。実は食欲もない。どうやら忙しい病院故その日の手術もできない見通しらしい。がっかりしてベッドでふてくされているとその後ブラック息子がブラック産婦人科医局の教授を通してその日のうちにグレー病院の素晴らしい整形外科で手術を受けられるよう手配してくれたらしい。午前中に転院が決まり再び救急車へ。今度は霊柩車のようにしずしずと進む。ぼーっとしているうちにグレーゾーン大学付属グレー病院の素晴らしい整形外科外来に着く。バタバタと検査をし、手術を待つ。今度はなんと個室だ。狭いが清潔な空間。優しい妻がこっそり持ってきた眠剤を飲みなんとか痛みをごまかす。気が付くと時々クリニックから業務連絡のメールが来ている。進行中のお産が無事終了した、胎児心拍数図に細かな異常があるけどどうしよう、等々。仕事には特に生真面目な4女が細大漏らさず気にしている。こまごま器用に返信する。小さなミスの見逃しが大きなミスにつながる。年若い医師にかかる責務は重い。ましてやクリニックに押し寄せる大小さまざまな波に容赦はないのだ。そうこうしているうちに日が暮れた。随分と夜が更け、もう今日は手術がないだろうと思っていた夜半、おそらく21時過ぎ、手術室より呼ばれ緊急手術決定。そこから覚えているのは優しい麻酔科の先生の「ではこれから眠くなりますねー。」の一言。たのむぜよ。

今までのごまかし人生総決算

気づくと病室だった。ナースがすでに翌日、月曜日の午前1時30分だと告げる。付き添いが許されず最愛の妻はいない。左腕がスリング(三角布)でしっかりと胸に固定されている。実際は胸の前に腕があるのに感覚的には左腕が体のわきにあるように感じる。術後の麻酔鎮痛薬による錯覚だ。仰向けに寝ているが気になって仕方がない。そのうち左腕全体から肩にかけ鈍痛が出てきた。締め上げられるような不快感だ。たまらずナースコールをする。すぐに担当ナースが来て術後鎮痛薬の投与をしてくれた。カチッと音がしてたまっていた鎮痛剤が点滴を通し体へ流れてゆく。次第に意識が遠のく。一時間くらい経っただろうか、前にもまして腕の不快感で目が覚める。腫れあがりお化けのサツマイモのようになった左腕はまるで不自然な感覚と共にスリングで締め付けられている。一ミリも動けず、動かせず。窓の外は完全な暗闇。ナースの機嫌を損ねないよう遠慮して、でももう耐えられなくなってついに再度ナースコール。すぐに来ていただく。術後鎮痛薬は一定の時間がたたないと投与できない仕組みだ。さっそくナースが言うには「まだ(痛み止めが)たまってませんねー。」申し訳なさそうに、でも毅然とナースが告げる。ううっ、このまま耐えるのか。仕方ない。脂汗と冷や汗を流しながらすみませんと答える。眠れば時間が通り過ぎてゆく、そう思い目を閉じるがそんなに甘く事態は終わらない。まず眠ろうにも口元にかけられた酸素マスクがシューっと臭いにおいと気に障る音を立てて騒がしい。ヘッドホンで不快な雑音を聞かされている感じ。何とかうとうとしようにも今度は両足からすねに巻いたエアーポンプがブーンと音を立て足を無駄に締め付ける。不快な痛みと脂汗がさらに考えをめぐらす。そうだ、この瞬間にも自分のクリニックに大きな波が来て息子、4女が対応できない事態に陥ってしまったら。病院も、自分も身の破滅だ。そばについてやらないと。当たり前だが動けない。そもそも手術直後で入院中だ。諦めよう、今夜は眠って過ごそう。その考えが甘いことにすぐに気づく。痛くて眠れない。また不安が襲う。この繰り返し。助けはない。悶々とするもそもそも寝返りが打てず。万事休す。数回のナースコールを繰り返したが痛み止めはもう出てこない。

人生の時の時

他人から見れば些細で滑稽なことも当の本人にとっては結構重大事件であることもある。小学生のころ図書室で太平洋戦争中のエースパイロット坂井三郎中尉が記した「大空のサムライ」という本を読んだことがある。

大空のサムライ(書籍)

ボロボロになったその本の一幕に中尉が敵の艦上爆撃機の後部機銃に反撃され、頭部に大けがを負いながら数時間も洋上を一人で飛び続け、ついに基地へ帰還する場面がある。自分はエースでもないし名誉の負傷でもないのでそれと全く次元が違うことはわかるが、この時の困った事態の深刻さはまさにこの中尉と同じだ。クリニックの置かれた状況は息子、4女や妻、その他の子供たち、スタッフの力を信じるしかない。大波に飲まれず自分が帰るまで何とか持ちこたえておくれ。自分に言い聞かせる。差し当たってこの痛みを乗り切ろう。当面術後鎮痛薬の投与時間はまだ先だ。落ち着け。そうだ、寝よう。確か眠剤を妻が持ってきてくれてたはずだ。ベッドサイドの右わきに引き寄せてあった小さなテーブルがありその上に置いたかばんにささやかな眠剤が入っているはずだ。暗闇を通し、目を凝らすと手術に行く前にあったはずの小さいテーブルはなんと50センチも向こうの壁際の定位置に戻されている。その上にあるかばんは確かにそのまま置かれている。遠すぎる!

大空のサムライ

かつて読んだ。面白かったけど内容はプア。中尉の苦労の1/1000。他人からすれば今回の話もそれくらいかも

悪循環のサイクルは続く

痛い→眠れず→不安→絶望→眠れず→痛い、のサイクルは腐った脳内を駆け巡る。一か所でも断ち切れば窮地を脱することが出来る。腐って重い体をさらに右へ寄せ、右側のベッド柵ぎりぎりまで何とか移動する。まるで重いだけの古タイヤ状の左腕を気遣いながら目一杯体を右に向ける。痛い。かまわず右腕をベッド柵の隙間から突き出しかばんのひもをつかもうとする。ダメだ、届かない。体をさらにベッド柵へ押し付け、右腕をさらに伸ばす。伸ばした指先にかすかにかばんのひもが触れた。もう少し。ベッド柵も折れよという勢いで右腕をさらに突き出すとなんと指がひもをつかんだ。うーっとうなりながら落とさないようかばんを引き寄せる。暗闇の中右手で器用にかばんの中を探す。ない。おかしいな。諦めず小さなかばんの隅々まで探す。あった!眠剤が3個残っていた。今2個飲んで予備に一つとっておこう。水はどこだ?この際お茶でもいいぞ。のどがカラカラで眠剤が飲めない。よく目を凝らすと小さいテーブルの上にさりげなくお茶のペットボトルが置かれている。遠い。ここまで来たらもう引き返したくない。もう一度体を右に寄せ、ペットボトルにチャレンジする。幸い数回のトライでペットボトルをゲットした。

異世界からの脱出

のども乾いた。ついでにお茶でも飲もう。

歯が立たないペットボトルのキャップ

歯が立たないキャップ。人生ひねりが大切。

軽い気持ちでふたを開けようとする。ところが全く蓋は開かない。右手だけを使っても固いふたが開かないのは当たり前だ。腐った左腕と左手は全く力が入らない。諦めようか。そうだ、最後の手段、口で開けよう。そう思い蓋にかみついだ。びくともしない。歯が折れそうな予感がする。諦めないぞ。力いっぱいかみしめて右手でペットボトルを回すとぱきっと音がして蓋が空いた。歯は折れず。注意深く蓋を置き、暗闇の中で眠剤を確認しお茶と共に2個をようやく飲み込んだ。すぐにかばんとお茶も苦労してテーブルの上に戻す。何事もないように体を戻し、目を閉じ大きくため息をついた。

生き返る

おはようございます、ナースの声で目が覚める。酸素マスクははずされ、さらに足のエアポンプも終了。快晴。

朝の病室

いつの間にか朝食が目の前に置かれる。食欲はない。紙パックの牛乳だけいただく。美味しい、生き返る。妄想たちも朝日を浴びて帰っていった。

術後1日。退院まであと幾日?

寝たり起きたりとはまさにこのことだ。動くと痛いのでじっとしていた。何もする気がなく、テレビを見る気力さえない。昼食もほとんど手を付けられなかった。夕食時に待ちに待った妻が訪ねてきた。嬉しすぎて急に笑顔になれない。彼女もつかれているようだ。一日中自分の抜けたクリニックであれやこれや気を配っていたようだ。手を付けていない夕食を見ると彼女はおもむろに食事をスプーンですくい口元に運んで食べさせてくれた。ぼーっとしているうちにほぼ全量を平らげてしまった。ほっとする間もなく彼女がいろいろな話を聞かせてくれる。退院は明後日木曜日午前中だよ、早いね。今日はこれから職員忘年会が始まる、もうすでにスタッフはみんな会場に行ってるよ、などなど。自分がいなくてもクリニックが動いている、当たり前だが半信半疑だった。院長欠席の忘年会で申し訳ないと思いつつこんな姿で会場に行っても興ざめだと思う。面会制限がかっており長居が許されない。名残惜しくもそそくさと彼女は帰っていった。洗面所へ行き歯を磨き小便をし、手を洗ってベッドに横たわる。普段なら一連で済む動作でも最大限のストレスのもとにじむ汗を拭きながらこなす。翌朝に備える。

術後2日

気づくと翌朝を迎えていた。妻がこっそり追加してくれた眠剤には手を付けずに残っている。相変わらず食欲はない。朝食後にナースが点滴を抜いていった。急に解放された気分が満ちてくる。自由だ。そして明日は退院だ。腕が上がらないので心の中で万歳をする。

右手でスマホ自撮り

右手でスマホ、右手でシャッター、器用

相変わらず腐って重い古タイヤの左腕はスリングで固定されているが痛みも引いた。

食い散らかしの図

食い散らかしの図

痛みが減ると食事がうまそうに見えてきた。その勢いで昼食を食い散らかす。ざまあみろだ。

午後の病室から窓の外

午後にて

病室の外では静かに電車が走ってゆく。遠くの白い雲はのんびり浮かぶ。こうはしてられない。さっそく小銭を握りしめ、一階にある売店へふらふらと出かけた。

病院内の売店

売店。なんでもある。

病院一階廊下の人通りは速く、混雑していたがマイペースで進む。飲み物や雑誌を買い込み病室へ戻った。これが人並の病人だ、一人で勝手に納得する。

人並の病人だったころ

35年ほど前にも左足を骨折したことがある。彼女とスケートをしている時に転んだのが原因だ。その時は合計1か月近くも入院していた。確か手術をするまで1週間ほど待った。手術後は左足に漆喰を固めて数日後から杖を突いて歩いた。痛みもなく、ストレスもなく、病休をとって楽をしていただけだ。頻回に訪れる彼女が持ってくるお弁当がとてもおいしかった。退院後の後遺症もなく、リハビリなんてほとんどない。それが人並の病人だと勝手に思っていた。彼女は同じだが時代と状況が変わってしまった。白目をむいた月曜日に手術をし、火曜日に青い顔となり、ようやく水曜日に血色が戻り人並かと思いきや早くも明日退院なのだ。むなしい。夕食時にまたもや愛妻が訪ねてきた。むなしさもすぐに吹き飛ぶ。

最後の晩餐(ハンバーグ)

最後の晩餐

夕食はハンバーグだ。美味しい。最後の晩餐を優しい妻のおしゃべりと共に堪能した。明日は帰るのだ。妻のもとへ帰れる。

異世界の小部屋(病室)

異世界の小部屋

濃厚かつ短かすぎる日々の病室に思い出は不要だ。せめて写真くらいは残しておこう。

退院前日 大学病院前の電飾ツリー

退院前日大学病院前に立つ素晴らしい冬の電飾ツリー

退院日に見た白昼夢と、そしてただいま

翌朝は早々に目覚めた。クリニックの仕事で忙しい妻はお迎えに来ない。どうしても迎えに来るというのを無理して断ったのだ。長男と4女、長女がきっと四苦八苦しているに違いないからだ。ついでに次女と3女も自分のクリニックで看護職をしているのでつらい思いは一緒だ。2人を含め家族みんなが頼りになる自分の右腕だ。一家総出で非常事態のクリニックを支えているに違いない。

千手観音像(東京国立博物館)

右腕は多ければ多いほど良い。だから左腕がむくれたのか。千手観音像。東京国立博物館HP

ちなみに自分の左腕はいない。今回大暴れした気の毒なやつを除いて。最後のレントゲン写真撮影と退院手続きを早くに終わらせ病室で荷物をまとめた。大した量ではないが、小さなビニール袋一杯分にはなった。

病院玄関にて病院玄関にて

病院玄関で守衛さんに写真を撮ってもらう。肩のバランスが不自然なのが一目瞭然。タクシーに乗り込みさっそく自宅の場所を告げる。スムーズにタクシーは走り始める。移り行く窓の景色がどうも不思議だ。違和感といった方がいいのか。幾分時間をかけながらゆっくりとタクシーは進む。いよいよ自宅近くの見慣れた場所まで来たとき違和感は一気に高まった。自分が戻ってきてはいけない時間と空間に戻ってきた、それが違和感の正体だ。大けがをしてつらい手術をし、傷も癒えないうちに無事戻ってこれた。とりあえずクリニックも大丈夫。信じがたい奇跡なのだ。こんな幸運を先取りしてしまった。もしかして次の運を使い果たしてしまったのか。この光景はきっと未来の病室で見る夢なんだ。運を使い果たし、すでに病院から帰ることのできない自分が目に浮かぶ。ここ数日の出来事とストレスですっかり脳が変性をきたし、そこから湧き出るゆがんだ感情が恐ろしいほど未来の既視感という形になって自分を襲う。近くのコンビニでタクシーを早めに降ろしてもらい、未来の夢を打ち消す。杞憂だ。青空を眺め、鼻をかみ、道路を踏みしめようやく奇妙な白昼夢は消えていった。明るい声でただいまと言おう。自宅はすぐそこだ。


著者プロフィール

著者氏名 千成表太郎 (ペンネーム)
共著 清 兵衛 (ペンネーム)
職業 芥川賞志望中浪人 副職業 くたびれた産婦人科医師
年齢 37歳 (おおよそ)
性別 非公開
性格 温厚
似てる俳優 (石原裕次郎+ブラッドピット+横浜流星)÷3
生年月日 21世紀 (誤差含む)
PC VAIO SX14
目標 直木賞受賞/ スケートで左腕のみで妻を持ち上げクルクル(無理かも)
格言 人生なるようになる / 先んずれば人を制す
著書 車でWALKMANが聴きたく聞きたくなったあなたに。休憩編 / ひょうたん誕生悪戦苦闘記 / オープンカーに乗ろう!
趣味 妻
モットー 穏やかな日は腕を大きく振って散歩に出かけましょう。
苦手な言葉 骨を折る、コツコツ積み上げる、おホネを折っていただく、ポッキー、腕の悪い医者、リハビリ、ストレッチ
読者への語りかけ 「健康と家族、仲間は人生で求め得る最大の財産です。連れ合いには優しく、我が子にはもっと優しく接しましょう。やさしさ=速度無制限です」

著者イメージ

あくまでイメージです。

※ご注意 本文すべては筆者の想像的思考と希望的観測に基づくフィクションであり、一部AI制御による構成も加味されています。したがって内容に関し一切の責任能力を有しないことをここに明記します。


謝辞

本文中では感謝の意を述べられなかった方々にここで改めて感謝の意を表します。

整形外科主治医、担当医、執刀医殿

深夜に及ぶ緊急手術を引き受けていただき本当にありがとうございます。しかも完璧な手術だったことをその後のフォローアップ外来で知りました。また様々な状況を考慮していただき術後3日で治癒、退院の運びとなったことも感謝に耐えません。

産婦人科教授先生

わざわざ緊急手術をしてもらえるようお骨をお折りいただき大変ありがとうございました。また手術翌日にも訪室してくださり、暖かな言葉でお見舞いに来てもらったことも大変うれしく思います。医局スタッフの足りない中長男をお貸しくださったことも大変感謝しております。

クリニックスタッフの皆様へ

院長不在の中混乱を最大限に抑え、質の高い診療を維持し続けられたのは皆様の努力のたまものです。ご迷惑をおかけし大変申し訳ありませんでした。そして本当にありがとうございます。皆さんは私の誇りです。

F医療センター産婦人科当直医殿

混乱の中勝手な要望にも丁寧にお考えくださり本当にありがとうございました。後日談によるとその後わざわざ当クリニックへ駆けつけてくれようとしてたらしいですね。なんといって感謝してよいか言葉が浮かびません。

頑張った娘たちへ

ありがとう!

左より長女、3女、4女、次女。秘密作戦会議中。

左より長女、3女、4女、次女。秘密作戦会議中。